マハーバーラタ/2-8.嘲笑されたドゥルヨーダナ

2-8.嘲笑されたドゥルヨーダナ

ラージャスーヤが終わり、来賓の王達は帰国の準備をしていた。ユディシュティラは彼らへの挨拶で忙しくしていた。参加してくれた偉大なリシ達にも挨拶を交わしていた。
クリシュナもドヴァーラカーへ帰ることを伝えた。別れを惜しみつつも挨拶を交わした。クリシュナはパーンダヴァ兄弟、ドラウパディー、スバッドラー、そしてクンティーに微笑んで別れを告げた。
パーンダヴァ兄弟はいつもの習慣通り、彼の馬の手綱を握って帰り道を一緒に進み、そして別れた。

パーンダヴァ兄弟にとって命そのものであるクリシュナとの別れは毎回つらいものであったが、実はインドラプラスタでクリシュナを見送るのはこれが最後となるのであった。
これから待ち受けている恐ろしい運命のことは全く予想できるものではなく、彼らはこれから数日の内に持っているものをすべて失うことになる。
彼らが次にクリシュナと再会するのはカーミャカという名の森でのこととなる。

町に残っていたのはドゥルヨーダナとドゥッシャーサナ、シャクニ、ラーデーヤであった。それ以外の来賓は全員帰国の途に就いた。
彼らはユディシュティラのお城マヤサバーを見る為に留まっていた。平和を望むユディシュティラは彼らと敵対することなく、喜んで彼らをもてなした。

ヴャーサがユディシュティラの所へやってきて、別れの挨拶を交わした。ユディシュティラは彼から祝福を受ける為に足元にひれ伏した。
「ユディシュティラよ、あなたはラージャスーヤを成し遂げました。この地上の統括者となったのです。あなたの父が望んでいたことを成し遂げ、彼を満足させました。私も幸せです。ラージャスーヤに立ち会うという大変良い機会に恵まれました。私は帰らせていただきます」
「待ってください。一つ教えてほしいのです。シシュパーラが死んだ後に起きた不吉な兆候がどんな意味を持つのか教えてほしいのです。恐ろしい災害がこの世界を待ち受けていているとナーラダが言っていました。どうか教えてください」

ヴャーサは一度険しい表情になったが、ユディシュティラに優しく答えた。
「ユディシュティラよ。あなたの言っていることは正しいです。シシュパーラを殺したことで悪い兆しが現れました。
その兆しはあなた達が14年間も続く不幸な呪いを受けるということを示しています。それだけではありません。
運命はあなたを使ってこの地上全てのクシャットリヤを破滅させることを決めました。
ドゥルヨーダナの間違った行い、ビーマとアルジュナの力、あなた達の妻ドラウパディーの怒り。それらがこの世界を破壊する道具となるのです。
私のこの言葉を聞いてあなたが悲しんでいるのが分かります。しかし悲しむ必要はありません。運命の道とは人間には理解できませんし、変えることもできないのです」
ヴャーサはこの曖昧な慰めの言葉を残して去った。
ユディシュティラは深い悲しみに沈んだ。自分がクシャットリヤを破滅させるという予言は理解の範囲を超えていた。それ以上は何も考えることができず、誰にもその話をすることができなかった。

ドゥルヨーダナはしばらくマヤが建築した大きなホールを見学していた。これまでに全く見たことのないこの創造物の美しさと華麗さにただただ驚くばかりであった。それと同時にこんな幸運がパーンダヴァ兄弟に与えられたことに耐えることができなかった。

このサバーは独特なものであった。アスラの建築家マヤによるいくつかの仕掛けがあった。それを所有する者に対する嫉妬の気持ちを抱いてそのサバーを見た者は、そこにある物によって欺かれるという仕掛けであった。

ドゥルヨーダナが歩き回っていると、水が広がっているように見える部屋があった。近付くとそれは美しい大理石の石板がはめ込まれた床であることが分かったので、彼は微笑みながらそこを渡った。
次の瞬間哀れな王子は下に落ち、ずぶ濡れになった。そこは実際にはとても澄んだ水で満たされた大理石の池であった。彼の嫉妬深い目ではそれが見抜けなかった。周りにいた召使い達でさえ、その災難を笑ってしまった。
それを聞きつけたユディシュティラは心配し、ドゥルヨーダナに渇いた服を与えた。しかしビーマ、アルジュナ、ナクラ、サハデーヴァ、ドラウパディーは彼の失敗を笑った。

他の災難がドゥルヨーダナに痛みを与えた。
注意深く散歩していると水が広がっているのが見えた。慎重に足を進めるとそこには水は無かった。ただただおかしな歩き方をしている王子の姿であった。
そして次に、出口を通ったつもりが、壁に激突して怪我をした。
ドラウパディーの笑いの轟きが彼を迎えた。
ドゥルヨーダナは平静を装いながらも、内心では大きな怒りを抱えて出ていった。

そしてパーンダヴァ達に別れを告げてインドラプラスタから去っていった。彼の心は今にも壊れそうであった。弟達や友人にも何も話さず、何時間も一人で部屋にこもり、神に騙されていることを考え込んだ。
『パーンダヴァ兄弟は神々に気に入られている。ヴァーラナーヴァタへ送ってもう会うことはないと思ったのに、あの愚かなプローチャナがしくじった。むしろ前より強くなってしまった。ドゥルパダ王の義理の息子になった。
不毛のカーンダヴァプラスタに追いやったのに、実りある土地に変えてしまった。ユディシュティラはラージャスーヤを行い、世界の統治者として認められてしまった』
このような考えが彼の心の中を巡っていた。誰とも話さず一人でさらに何日も過ごした。悲しみを抱えて一人座り続けた。

不運な王子の心の中にあった少年時代の嫉妬は憎しみとなり、今や妄想になっていた。
彼の父ドゥリタラーシュトラは欲深さを心の中に留める臆病者であった。いつも偽善の仮面を被っていた。
ドゥルヨーダナは同じく欲深さを持っていたが、彼は偽善を嫌う率直な人間であった。父のような慎重さは持たず、複雑な理論を嫌った。
父は感情を表に出さなかったが、彼は考えを話すことを好んだ。

ドゥルヨーダナは決して悪い人間ではなく、むしろ良い人であった。
ただただ嫉妬という悲劇的な欠点に呪われただけであった。実際彼の二番目の資質といえるのは寛大さであった。初対面のラーデーヤを王にしたのがその証明である。後に彼が王国を統治した13年間、人々は幸せに暮らすことになる。嫉妬の原因が取り除かれている間は有能な王となれるのである。しかし残念ながら彼の没落の原因となるのはやはり嫉妬であった。パーンダヴァ兄弟に対する嫉妬が彼の人生を燃やしてしまうのであった。

ドローナがハスティナープラへやってきた時、全ての王子の中からアルジュナの振る舞いに魅了された。息子アシュヴァッターマーを呼んでこう言った。
「アルジュナよ、ここにいる私の息子アシュヴァッターマーをあなたの生涯の友人とするのです」
しかしアシュヴァッターマーはアルジュナが好きではなく、ドゥルヨーダナの親友となった。
アシュヴァッターマーの目には、アルジュナの魅力を超えるドゥルヨーダナの優しさが際立っていたのである。彼は後に親友ドゥルヨーダナの為に全てを犠牲にして戦うことになる。彼を喜ばせる為なら深夜の大虐殺のような最も致命的な罪でさえも犯すことに躊躇しなかった。

更には、大戦争が始まる時の軍隊の規模はドゥルヨーダナが11アクシャウヒニに対してユディシュティラは7アクシャウヒニであった。ユディシュティラの方に正義があることを全世界が知っていても、それほどまでの差がついたことには適切な理由があった。
クル一族の長老であるビーシュマはドゥルヨーダナの為に戦った。
バガダッタも彼の側で戦った。
パーンダヴァ兄弟を助けたいという意志を持っていた五兄弟の伯父であるシャルヤでさえ、ドゥルヨーダナの為に戦うことを約束した。
正義の人であったラーデーヤは彼に献身し、公正な戦いをする中で不正な方法によって敗れることになる。
バララーマはビーマよりもドゥルヨーダナを愛した。

この哀れな王子は素晴らしい魅力を授かっていたと考えるべきである。
とても素晴らしい心を持った、寛大な真のクシャットリヤ。それこそがドゥルヨーダナの真の称号である。しかし嫉妬という強烈な感情の虜になったことでこの悲劇は引き起こされた。
もしそうでなかったなら、ドゥルヨーダナはまさに偉大な人物となるはずであった。

(次へ)


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