マハーバーラタ/1-41.スバッドラーの庭園

1-41.スバッドラーの庭園

アルジュナはヤティ(巡礼者)の装いでドヴァーラカーへ向かった。
手に三又の矛を持ち、聖なる灰で体中を覆い、首と髪にルドラクシャを巻き付け、ドヴァーラカーに近いプラバーサに到着した。

彼の考えにあったのはクリシュナの妹、スバッドラーのことだった。
以前ハスティナープラでドローナから弓矢の技術を習っていた時、クリシュナの従兄弟であり、親友でもあったガダからスバッドラーの美しさを聞いていた。クリシュナとサーラナの妹であるスバッドラーは、実際にはまだ会ったことはなかったが、話を聞くだけで恋に落ちてしまうほどであった。他の誰かに見られることなく彼女を見てみたい、そんな願望を抱いてドヴァーラカーに向かっていた。

アルジュナはプラバーサの大きな菩提樹の木陰に座り、一晩中深い瞑想をしているふりをした。考えていたのはクリシュナのことだったが、それはスバッドラーの所へうまく手引きをしてもらえないかという希望であった。

突然の大雨が降り始めた。
土砂降りの中でアルジュナは木の下に座り続けた。

プラバーサにサードゥ(修行者)らしき人がやってきたことがクリシュナの耳に届けられた。その者の姿を聞いてクリシュナはそれがアルジュナであることを確信した。そしてアルジュナの秘密の目的を推測するのにそれほど時間はかからなかった。
「あーはっはっは!! そんな真似するのか? はっはっは! なんて面白いんだ!!」
涙で頬を濡らすほど大笑いするクリシュナを見て妻のサッテャバーマーは理由を聞いた。
「どうしてサードゥが来ただけでそんなに笑うの?」
クリシュナは涙を拭いながら答えた。
「ひーっひっひ・・・。アルジュナだよ。アルジュナが来たんだよ。彼は自己追放でインドラプラスタを離れて一年の巡礼旅、ティールタヤートラーをしているんだけど、残りはあと四ヶ月なんだ。その終わりに彼は我が妹スバッドラーで頭を一杯にしてここに来たんだ。ヤティの格好をしてね。この土砂降りの雨の中、菩提樹の下で瞑想・・・って何を瞑想しているんだろうね? 想像しただけで笑ってしまったんだ。助けを求めて私を待っているみたいだ。迎えに行ってあげよう」

クリシュナはその菩提樹でアルジュナと再会した。
「やあ、アルジュナ。巡礼の旅はどうだい?」
アルジュナはこれまでの出来事を話した。
「なるほどねぇ。その巡礼によって偉大なパーンドゥの息子は世間から隠退した人、サンニャーシーという心穏やかな結果を得たと、そういうことなんですね。なるほどなるほど、ふーん。そうなんだ」
「クリシュナ! からかわないでくれ! 分かっているでしょう! 私の心の最も中心にある考えを分かっているでしょう?
そう、あなたの妹スバッドラーに会いたいのです。彼女を手に入れたいのです」
「分かった分かった。それはいいことだ。ライヴァタカの丘でしばらく待っていてくれないか? 会わせてあげるから」
そう言ってクリシュナはドヴァーラカーに帰っていった。

数日後、ライヴァタカの丘ではお祭りが開催された。
ヴリシニ一族の面々がやってきた。
アルジュナは誰にも気づかれることなくその場にいた。
ヴリシニ一族の知人が通り過ぎるのを見ていると、侍女に囲まれた一人の美しい女性に目が留まった。アルジュナの目はその女性への感情でいっぱいになった。自分がどんな状態でその女性を見つめているか、我を忘れて全く分かっていなかった。

クリシュナが仲間達から抜け出してアルジュナに話しかけた。
「おい、友よ。その目! その目はあなたの今の装いにふさわしくありませんよ!」
「クリシュナよ、どうかからかわないでください。彼女は誰ですか? さっき目の前を通り過ぎたあの美しい女性は誰ですか?」
「彼女こそ、私の妹スバッドラーです。もしあなたが望むなら父に話してみます」
会うことなく恋に落ちていた女性が、やはり評判通りの美しさであることを知ったアルジュナは有頂天になっていた。
「クリシュナ。あなたに委ねます。あなたの妹をください。どうすればよいか方法を教えてください」
クリシュナは微笑みを浮かべた。
「アルジュナよ。結婚にはいくつかの種類があります。最も素晴らしいのは二人が愛し合っている結婚です。我が妹があなたを好きになれば、インドラプラスタへ連れていき、結婚することができます。それがクシャットリヤの最も一般的な方法です。
では、中庭のお寺に行って、座っていなさい。瞑想に没頭している姿の方がより良く見えるでしょうから。あなたの今の装い通りですから、快適にできるでしょう。アルジュナ、覚えておきなさい。お祈りに集中するのですよ」
そう言ってクリシュナは仲間達の中に消えていった。
スバッドラーと侍女達も去っていった。

バララーマ、クリタヴァルマー、サムバ、プラデュムナ、そしてガダがお付きの者を連れてお寺の周囲を回っていた。
彼らは中庭の木の下で座っているヤティを見かけた。そのヤティは深い瞑想に入っているようで、目はしっかりと閉じられていた。バララーマは、その純粋で、この世のものとは思えないハンサムな顔、聖なる灰で覆われた体を持つ、そのヤティにとても感銘を受けた。神秘さをも感じていた。

その時、アルジュナはただただ緊張していた。変装が見抜かれないか、それだけが心配だった。瞑想どころではなく、平静さを失わないように努力していた。

アルジュナはゆっくりと目を開けた。
そこには尊敬の態度で手を合わせて立っているバララーマがいた。
奇跡が起きた。
バララーマはその旅人に敬意を表し、ドヴァーラカーに迎えたいと言った。
「あなたはどこから来たのですか? あなたを快適にする為に私ができることは何ですか?」
「私は世界中を旅しました。たくさんの場所を見てきました。私はどんな場所であっても三泊以上したことはありません。
ですが、今は雨期に入ったようです。ものすごい雨で、空は黒い雨雲で真っ暗です。どこかで四ヶ月ほど過ごしたいです。
この美しいライヴァタカの丘はそれにふさわしいと思います。この静けさ、とても良いです。瞑想に集中できそうです」

バララーマはこのように美しい言葉を話す若い巡礼者に、さらに感銘を受けた。この場所が選ばれたことを幸運に感じた。年齢的にはとても若く見えるが、内面的に成熟しているように見えるこの若者の世話役を務めることを決意した。

その時、クリシュナが通りかかった。
バララーマが彼を呼び、その偉大なヤティに敬意を持って挨拶させた。
クリシュナはいたずらな微笑みを隠し、慎ましさを持って彼の足に触れ、聖なる灰を受け取った。
バララーマはそのヤティの旅の話や、ライヴァタカの丘が雨期を過ごす場所として選ばれた栄誉の話などをクリシュナに話した。
そしてそのヤティが泊まる為のふさわしい場所はどこがよいか尋ねた。
「バララーマ兄さん、あなたという年長者がここにいるのに、私が決めるのは良くないです。そんな無礼なことはできませんよ」
「そうだな。ではスバッドラーの近くの庭園はどうだろうか。この偉大な方の身の回りのお世話を彼女に任せてみよう。若い少女がリシや聖なる者の祝福を受けることはその後の幸せな人生を保証すると言われているからな」
クリシュナが期待していた通りのことだった。
だが彼はその喜びを顔から隠し、まるで躊躇しているかのように話した。
「兄さん、でもこのヤティはだいぶ若く見えますし、ハンサムで、美しい体をしています。長い修行に入っている割にはあまりに美しすぎませんか? しかも雄弁であるようですね。感受性が強くてまだ幼いスバッドラーは誘惑されてしまいませんか? 私は反対です。
ですが、賢いバララーマ兄さんのことですから、この決断の前にきっと将来を見通して十分に考えたに違いありません」
「クリシュナ、この方のことをそんな風に言うんじゃない。君はまだこのヤティの偉大さを分かっていないんだ。彼は世界中を旅したんだ。全ての感覚器官を制御しているブラフマチャルヤだ。彼に謝りなさい」

クリシュナはそのヤティをスバッドラーが住む所へ連れていくよう頼まれた。物事がうまくいっていることに喜びながら、アルジュナを城の庭へと案内した。その途中、クリシュナの二人の妻、ルクミニーとサッテャバーマーに会わせた。彼女達には彼がアルジュナであることを伝えた。
「アルジュナ、あなたに会えて光栄です。クリシュナや他にのヴリシニ達からあなたのことをずっと聞いていました」

そしてクリシュナはアルジュナをスバッドラーの所へ連れて行った。
兄バララーマの指示をスバッドラーに伝え、彼女の世話の元にアルジュナを置いていった。クリシュナはからかいを込めた別れの微笑みと共に去っていった。

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