マハーバーラタ/1-23.陰謀

1-23.陰謀

ドゥリタラーシュトラはまぎれもなく王であったが、ユヴァラージャ(王位継承者)に誰を指名するかが悩みの種であった。
彼が支配している国は領土拡大を任された弟パーンドゥの勇敢さと軍事の才能によるものであって、ドゥリタラーシュトラが自ら勝ち取ったものではなかった。
さらに、ドゥリタラーシュトラの長男ドゥルヨーダナよりも、パーンドゥの長男ユディシュティラの方が年上という事実があり、ユディシュティラは人々から人気を集めていた。ビーシュマ、ドローナ、ヴィドゥラといった重要人物達も彼を称賛していた。
ドゥリタラーシュトラは息子ドゥルヨーダナをユヴァラージャに指名したかったが、その気持ちを抑えてユディシュティラを指名せざるを得なかった。
ドゥリタラーシュトラの息子達は当然反対したがどうすることもできなかった。

それから一年が経った。
ビーマとドゥルヨーダナは偉大なバララーマの元で修行した。
バララーマは槌矛の扱いに関して比類なき技術を持っていた。
彼は全ての生徒達に不公平なく誠意をもって教えたが、その中でもドゥルヨーダナをとても気に入っていた。
ドローナがアルジュナを愛したように、バララーマはドゥルヨーダナを愛した。

そしてドローナによる最後の教えが終えられた。
「アルジュナ、もはやこの地上であなたに匹敵する者はいません。誰もあなたを打ち負かせる者はいないでしょう・・・一人を除いては」
アルジュナは困惑した。
「その一人とは誰ですか、先生」
ドローナは微笑んだ。
「学ぶことは謙虚さと共にあるべきです。自分自身を過大評価してはならない。たとえ他の人々があなたのことを世界一と評価したとしても、自分自身でそう呼ぶのは良くない。
さあ、その一人のことでしたね? それはヴリシニ一族のクリシュナです。彼こそが最高の人です。決して大げさに言っているのではありません。
クリシュナはあなたの従兄弟です。彼の父ヴァスデーヴァはあなたの母クンティーの兄です。そのクリシュナを友とするなら、まさに無敵。天界の神々であってもあなた達を傷つけることはできません。クリシュナもあなたを友とすることを喜ぶでしょう。私もそれを願っています」

ユディシュティラがユヴァラージャに指名されてから一年が経ち、その間に彼はさらに人気者になっていた。ビーマとアルジュナの勇敢さも広く知れ渡っていた。アルジュナは四方へ遠征して国を勝ち取って凱旋するたびにカウラヴァ兄弟達の嫉妬は増していった。父ドゥリタラーシュトラも例外ではなく、表面上は王としてパーンダヴァ兄弟達に父親のように振舞っていたが、内心は穏やかでいられなかった。

「ドゥリタラーシュトラ王なんて、盲目だし、大した功績もないし、役に立たないよなー。ビーシュマは有能で腕もあるけど、もう年だからなー。王位も自分で捨てたって言うし。ドゥルヨーダナもいまいち能力不足、ユディシュティラの方が王にふさわしいよな。やっぱり次の王はユディシュティラで間違いないな! 彼が統治するなら良い国になるよ」
人々のそんな声がスパイを通じてドゥルヨーダナの耳に入った。
彼の心は痛みで満たされ、その不満を父ドゥリタラーシュトラに吐き出しに行った。彼は誰もいない時を見計らって、人々がどんな風に話しているかを伝えた。
「父上、やはりユディシュティラをユヴァラージャに指名したのは軽率でしたよ。人々は彼が王になるのを期待しています」
「息子よ、お前は分かっていない。私は王だが、この土地は全て弟パーンドゥによって勝ち取られたものだ。偉大な戦士であった弟がこの王国を作ったのだよ。弟は森へ行き、死んでしまったが、子供達は私に託された。そしてその息子ユディシュティラは王としての資質を開花させ、人々の称賛を受けるほどまでに成長した。彼は四人の弟達に支えられ、彼らと同じくらい勇敢な我が子達と共にクル一族の名声を再建できるだろうと願っている。
お前のことを否定するつもりはない。
お前が彼らに、特にビーマに対する嫉妬心を持っていることは分かっているが、彼らはビーシュマとヴィドゥラによって守られている。お前ができる最善のことは、親を失った彼らに対する憎しみを捨てて、兄弟のように振舞うことなのだよ。ユディシュティラはすでに人々にとって、心の高いところに存在しているのだよ。軽率なことはしない方がいい。それは破滅への道だ」
ドゥルヨーダナは深いため息をついた。
彼の体は激しい怒りで震え、両手は固く握りしめ、目を真っ赤にして周りを見渡した。
「父上、今、ここには他の人はいません。誰も聞いていないのですから、そんな言い方をしなくてもいいです。本音で思っていることを話しませんか? もしユディシュティラが王になってしまえば、彼の息子がその跡を継ぎ、彼の子孫が代々国を治め続けることになります。王国は彼らのものになってしまいます。
王よ、私があなたの長男です。王の息子である私がなぜあの憎きパーンダヴァ達に仕えなければならないのですか? 王の息子という地位を私に捨てろと? 彼らに仕えるくらいなら死んだ方がましです。私は王の息子です。私が王のはずです。もし私を愛しているなら手を打ってください。そうしなければ私は死にます。あの大食漢のビーマの為に雑用なんてするつもりはありません」
ドゥリタラーシュトラは怒りの涙を流してうなだれる息子の頭に手を乗せた。
「息子よ。今は亡き我が弟パーンドゥは生まれつき優しかった。その優しさと魅力で人々の心を捕えた。その息子ユディシュティラも同じだ。すでに彼は国民の心を一つにした。今彼に何かが起これば私達は非難の対象となるだろう。パーンダヴァ兄弟は人気があり、ビーシュマ、ドローナ、クリパ、ヴィドゥラも彼らの味方だ。もはやユディシュティラをユヴァラージャに指名するしかなかったのだ」
「父上、そんなことはありません。
父上の言う、そのパーンダヴァの味方達について考えてみましょう。
まずは祖父ビーシュマですが、考える必要はありません。あの人はずっと無関心です。パーンダヴァ達が来てからの態度を見るとそれが分かります。どちらの味方にも付かないでしょう。
以前こんなことがありました。
ビーマはいつも私達兄弟をいじめて悩ませていました。その仕返しをしようとしたことがあります。彼を殺そうとまでしたこともあります。ですが祖父は私もビーマも無視し続けました。この宮廷での出来事には深い関心を持っていないということです。
祖父が物思いにふけりながら宮廷のガンジス河沿いに歩いてるのを何度も見たことがあります。泣いていたこともあります。
私は声をかけてなぜ泣いているのか尋ねました。祖父は私を膝の上に乗せていつものように『お前のこと、大好きだよ』と言い、『何でもないんだ、孫よ、何でもない。ただ疲れているだけ、とてもね』と話しました。なぜ休まないのかと尋ねると、目を濡らして答えてくれました。『いや、私は休むことはできない。休んではならないんだ。私の体も、私の休息も心配いらない。それはもうすぐやってくる。大丈夫だよ』
これはもう何年も前のことでしたが、不思議とよく覚えています。祖父は話す言葉とは違って、いくら目の前に愛する孫がいたとしても、心の目は遠くを見ていて私達を見ていないのです。何か深い、密かな悲しみがいつもあるようなのです。私達がすることをきっと気にしません。
次にドローナ先生です。
先生の息子アシュヴァッターマーは私の親友です。息子に対する愛情は北極星のごとく不動です。彼が私の絶対的な味方なのですから、彼の父ドローナは私の味方に付かざるをえないのです。
クリパ先生は、アシュヴァッターマーが孫で、ドローナ先生は義理の兄です。この二人の味方になるしかありません。
あと、残るはヴィドゥラです。
どちらかを選ぶとなれば、彼はきっとパーンダヴァを選ぶでしょう。父上ですら見放すでしょうね。ですが、彼のような卑しい生まれの者に何ができると言うのでしょう? ダルマについて語るだけでしょう? 言わせておけばいいのです。 どちらに味方したとしても彼の話を楽しんでおけばいいのです。
父上、私に一つアイディアがあります。
今は人々に愛されているユディシュティラを、弟達や母と共に遠くへ、例えば一年間ヴァーラナーヴァタへ送るのです。その一年間で私は人々の愛を勝ち取ります。一般の人々の記憶力は悪いですから、きっと私への愛を学ぶでしょう。パーンダヴァ達が帰ってきた時、その頃には彼らの栄光は無くなっています。
さあ、王よ。愛する息子の為にこれを命令してください。
あなたが私を愛しているなら、この私の胸に刺さっている鋭い矢を取り除いてください。この矢は私から平安を奪い、眠りを奪い、もうすぐ命も奪われそうです。
パーンダヴァ兄弟を母と共にヴァーラナーヴァタへ送ってください。それだけでよいのです。安心してください。その後何が起きるかは私が責任を持ちますから」
そう言ってドゥルヨーダナは去っていった。

王は分かっていた。
自分の息子がどんなことを考えているか、きっとパーンダヴァ達は帰ってこれない、そんな陰謀が企てられていることを分かっていながら何も言わず、何もしなかった。沈黙という名の承認を下した。
弟の息子達への嫉妬、それはドゥルヨーダナが抱えているのと同じくらい暴力的なものであった。ただ違っていたのは、王はそれを隠す方法を知っていて、王の息子はそうではなかった、それだけであった。

ドゥリタラーシュトラはカニカという名の者を呼び出した。彼はシャクニの友人であり、あらゆる不正な陰謀の達人であった。彼に仕事の内容を尋ねた。
「私の息子と私の中には憎しみと嫉妬があります。その原因をあなたは知っているに違いない。パーンダヴァ達が繁栄するたびにそれは増大します。私達が平和に休む為の方法をいくつか提案しなさい」
「その平和を手に入れる唯一の方法はパーンダヴァ達を見捨てることです。彼らを追い出すことです。ですが、王よ、覚えていてください。あなたは偽善を実践しなければなりません。彼らを好んでいる態度を示していてください。
そして彼らを追い出す方法ですが、それは殺すことです。敵の繁栄を許すのは安全ではありません。大きくなり過ぎた木を切るようなものです。若いうちに摘み取らなければなりません。それがあなたとあなたの息子に平和をもたらすことになります。パーンダヴァ達は日に日に強くなっています。私はあなたが何をすべきかはっきりと伝えました」
カニカは金言を残して去っていった。

(次へ)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?