マハーバーラタ/4-19.カウラヴァ軍の大敗北
4-19.カウラヴァ軍の大敗北
二本の矢が飛んできて、ドローナの足元に落ちた。
次はビーシュマの足元に二本の矢が飛んできた。
その次はクリパの足元に。
当てる気のない挨拶の矢であった。
さらに二本の矢が飛んできて、ドローナの両耳をかすめた。
次はビーシュマの両耳の横を二本の矢が通り過ぎた。
その次はクリパの両耳の横を。
三人はその振舞いに感動した。
アルジュナによるとても美しい振る舞いであった。
最初の二本の矢は尊敬を込めた挨拶であり、アルジュナが13年ぶりに尊敬する人達と再会したことを意味していた。
そして次に放たれた二本の矢は戦いの許しを請う為のものであった。
アルジュナは風の速さで進んだ。
「ウッタラクマーラよ、この陣形は私が進むのを邪魔するための配置だ。カウラヴァ軍の熟練者達がたくさん配置されている。ラーデーヤもいる。
しかし、ドゥルヨーダナが見当たらない。
遠くの方で軍の一部がハスティナープラの方へ向かっているのが見える。
彼らの意図は分かる。私とドゥルヨーダナを対面させたくないのだ。彼は牛と軍の一部を率いて都へ帰ろうとしている。まずは牛を解放しなければ」
ウッタラクマーラはアルジュナの指示に従って敵の主力部隊の西側を回り込み、牛を連れ去ろうとしている軍の方へ進みながら戦った。
その軍の中に、金の布地に蛇が描かれた旗が見えた。ドゥルヨーダナの旗であった。
「私はなるべく戦いたくないが、牛を救った上で、あの男、私達に対して言うに言われぬ痛みを与えたあの男は倒したい。私達の王妃に大きな痛みを与えたあの傲慢で横柄な王を倒したいのだ。
それにしても逃げ足が速い。きっとドローナ先生の作戦だ。ドゥルヨーダナの命を守る為に戦場から逃げさせているのだ。
ドゥルヨーダナが自分の意志で戦場から走り去るとは思えない。
横の主力部隊は気にかけず、蛇の旗に向かって進むんだ!」
アルジュナの戦闘馬車は轟音を立てながらビーシュマの横を通り過ぎた。
ビーシュマは彼の意図を理解した。
「皆の者、アルジュナはドゥルヨーダナを追っている! まるでライオンが獲物を追いかけるかのように全力で真っすぐ向かっている。
ドゥルヨーダナを守るんだ。牛のことは気にするな。皆でアルジュナを止めるんだ」
そう命令してドゥルヨーダナを守りに行った。
アルジュナは牛を連れている軍にたどり着いた。
「ウッタラクマーラよ、ゆっくり進むんだ。まず最初に牛を解放する」
そう言って牛を守っている兵士達と戦い始めた。
アルジュナの弓から放たれるたくさんの矢に圧倒されて兵士達は逃げ始めた。
解放された牛は驚き、向きを変えて一斉にヴィラータの町に向かって逃げ始めた。
次に、アルジュナの戦闘馬車はドゥルヨーダナを守る軍の方へ向かった。
あまりの手際の良さにカウラヴァ軍は隊列を乱してしまっていた。
ラーデーヤやビーシュマ、他の者達もアルジュナの後を追った。
アルジュナはドゥルヨーダナの弟達と対戦した。
彼らと戦いながらも、後から追ってきたラーデーヤとも直面した。
「ウッタラクマーラ、見てみなさい。彼がラーデーヤ、昔からの私のライバルです。バールガヴァの弟子で、多くの神聖な武器を操る弓使いだ。武勇と技術において並ぶ者がいないまさに英雄です。まずは彼と戦おう。
蛇の旗がこちらへ向かってくる。やはりドゥルヨーダナは戦場から逃げ出す臆病者ではなかった。
ビーシュマもこちらへ向かってくる。彼はドゥルヨーダナを守りに来たのだろう。彼自身が最も偉大な英雄だが、今やドゥルヨーダナの兵士の一人だ。
たくさんの英雄達がドゥルヨーダナの磁力に引き寄せられる。
全員と戦おう。戦場の真ん中に戦闘馬車を運んでくれ」
ウッタラクマーラは指示された場所へ戦闘馬車を進めた。
アシュヴァッターマーはラーデーヤの方を見て微笑んだ。
「さあ、見ものだ。あなたにチャンスがやってきた。アルジュナがあなたの方へ向かって来た。あなたはアルジュナを殺すと、まるでライオンのように集会ホールで吠えていたね。その力を見せてもらおう。
もしあなたが負けたなら、またシャクニと一緒にパーンダヴァ達を追放する罠を考えればいいんだよ」
ラーデーヤの目は火のように真っ赤に染まった。
「侮辱するのはやめろ! アルジュナなんか怖くない。たとえクリシュナだって恐れない。私がどんな風に戦うか見ていろ!」
アルジュナは笑みを浮かべながら前進した。
ドゥルヨーダナも戦場の真ん中に到着した。
ビーシュマ、ドローナ、クリパ、アシュヴァッターマー、ドゥルヨーダナ、ラーデーヤ、シャクニ、ヴィカルナ。
アルジュナはカウラヴァ軍の英雄達に全方向を取り囲まれた。
アルジュナは全員と戦い始めた。
一斉に、そして、今度は一人ずつ戦った。
アルジュナは全く怯まなかった。
そしてラーデーヤに照準を合わせた。
アルジュナとラーデーヤの決闘が始まった。
二人共が素晴らしい弓使いで、お互いに勇気と能力を発揮した。
アルジュナはまるで神々が地上に破壊の雨を降らせた時のような怒りを見せた。
「ラーデーヤよ! これまでの恨みを晴らす時だ。
あなたは私を殺すという誓いを立てた。
私もまたあなたを殺すという誓いを立てた。
どちらの言葉が真実となるか見せてやろうではないか。
あなたの口から出た言葉を覚えている。
技術においても武勇においてもあなたに匹敵する者はいないと言っていた。
それを証明すべき時が来たのだ。
あなたがどうやって私から生き延びるのか見せてもらおう」
ラーデーヤは微笑んだ。
「おお、親愛なるアルジュナ。これがあなたとの最後の戦いになることを望む。無駄話は止めて戦おう」
戦いは長く続いた。
ラーデーヤから放たれるたくさんの矢は目で追うことができないほど速く、鋭かった。
アルジュナと馬、御者ウッタラクマーラを傷付けることに成功した。
しかし、ウッタラクマーラは一歩も引かなかった。
アルジュナの勇敢さが彼にも乗り移り、臆病者だった若い少年は英雄となっていた。
ラーデーヤはアルジュナの猛攻撃に耐え続けていたが、最後には負けを認めざるを得ないほど体に矢を受けてしまった。
ラーデーヤの体には無数の矢が刺さり、額、首、両肩、両腕、広い胸、全てが覆われた。仕方なく戦うことをあきらめ、戦場から脱出した。
アルジュナは次にドローナに向かって突進し、戦い始めた。
アルジュナの勢いに押されつつあった父を見たアシュヴァッターマーが助けに来たが、アルジュナはまるで山火事のように目の前に立ちはだかる敵を焼き尽くしていった。
ラーデーヤに続き、ドローナ、アシュヴァッターマー、クリパはアルジュナの勢いを止めることができず、打ち負かされた。ビーシュマが助けにやってきたが彼でも止めることができなかった。
アルジュナはドゥルヨーダナの方へ進んだ。
ついに二人は対面した。
ドゥルヨーダナは自分の軍隊が四方八方に散らばってしまった状況に愕然としていた。
彼はアルジュナと勇敢に戦ったが、長くはもたなかった。
馬や象が殺され、彼を助けに来た勇敢な弟達もアルジュナを食い止めることができなかった。
その状況を見たドゥルヨーダナは戦場から逃げ出した。
逃げ去る彼を見たアルジュナは鋭い言葉をかけながら追った。
「あなたは今、この場で名声と地位を捨てるのか? そんな臆病さはクシャットリヤのものではないだろう?
命なんてしょせん一瞬のものだ。なぜ臆病者のように振舞うんだ! 命を守ることより戦場で戦うことの方が大事だとは思わないのか!
人々はあなたをドゥルヨーダナと呼ぶ。その名は戦うのが難しい戦士という意味だろう?
人々はあなたのことをスヨーダナとも呼ぶことになるな。戦いやすい戦士という意味だ。
しかし今日あなたはどちらの名前も捨てるんだな。戦士ですらないんだからな! 自分を恥じなさい。
戻ってきて男らしく戦うんだ!」
ドゥルヨーダナは屈辱的な言葉を受け、再びアルジュナと戦うことを決意した。まるで傷ついた蛇のように必死に戦った。とても神経質に育った彼のプライドは傷付けられた。これ以上の侮辱に耐えられなかった。
ラーデーヤが彼を助けに戻ってきた。ドゥルヨーダナの横にやってきて一緒に戦ったが、アルジュナを倒すことはできなかった。
他の者達もやってきてアルジュナを再び取り囲んだ。
アルジュナはサンモーハナという名のアストラを放った。
そのアストラは全ての者を失神させる力を持っていた。
ウッタラクマーラは敵軍が全員失神しているのを見た。
アルジュナはウッタラー王女の頼みを思い出した。
「ウッタラクマーラ、敵は全員失神しています。
戦闘馬車から降りて、彼らからマントや上着などを取ってきてください。
クリパの肩にかかっている白いシルク、ラーデーヤの胸の上に掛かっている美しい黄色いシルク、宝石が付けられたアシュヴァッターマーの服、ドゥルヨーダナが誇らしげに来ている青いシルク、それらをあなたの妹は気に入るでしょう。
私の祖父ビーシュマにだけは近づいてはなりません。彼は私の放ったアストラに対抗できるマントラを知っている。失神していないかもしれないので、近づくのは危険だ」
ウッタラクマーラは戦闘馬車から飛び降り、眠っている英雄達からシルクや宝石を集めて回った。
彼が戦闘馬車に戻って出発しようとしたその時、ビーシュマが動き出した。
彼はアルジュナ達と戦おうとした。
しかし彼の馬がアルジュナによって殺された。
遠く離れてからビーシュマに挨拶し、アルジュナ達は町へ帰っていった。
しばらくしてカウラヴァ達は意識を取り戻した。
彼らはアルジュナ達を追跡しようとしたが、ビーシュマが笑って話し始めた。
「無駄だ。愚かなことはもうやめるんだ。負けを認めなさい。ハスティナープラへ帰ろう。
あなた達の衣服や宝石が奪われるのを見た。それは名誉をはぎ取られたことを意味する。それは今までに我々が彼らにしたことに対する復讐だ。
私は止めようとしたができなかった。
彼はあなた達全員を殺すことができたのにそうしなかった。なんと誠実なことだろう」
ドゥルヨーダナは黙っているしかできなかった。計画は完全に潰れた。
遠くの地平線にアルジュナの戦闘馬車が見えた。
アルジュナはそこから年長者達の足元に向かって矢を放った。
彼からの別れの挨拶であった。
次にドゥルヨーダナの王冠が矢で地面に落とされた。
これも彼からのメッセージであった。
アルジュナの戦闘馬車は見えなくなった。
悲嘆のため息をついてドゥルヨーダナはハスティナープラへの帰路に就いた。
アルジュナは戦闘馬車から降りた。
「ウッタラクマーラ王子。
神の祝福によって牛は解放された。敵を打ち負かしたんだ。
勝利の知らせを送りましょう。
ですが、パーンダヴァ達が宮廷にいることはまだ知らせないでください。
きっとヴィラータ王はショックを受けてしまいます。
あなた自身がカウラヴァ達と戦って牛を守ったと話して下さい」
「いえ、そんなことはできません。もうほら吹きはやめたのです。自分の手柄になんてできません」
「しばらくの間でいいのでそうしてください。適切な時が来たら真実を話してよいです」
彼らはサミの木へ向かった。
戦闘馬車に掲げられた猿の旗は降ろされ、ライオンの旗が取り付けられた。
ガーンディーヴァは再び優しく包まれ、他の武器と一緒に置かれた。
戦いの間、布で束ねられていたアルジュナの髪は再び編み込まれて背中に垂らされた。
アルジュナが運転し、ウッタラクマーラを乗せて戦闘馬車は進んだ。
二人だけの勝利の凱旋であった。