マハーバーラタ/4-7.インドラの物乞い

4-7.インドラの物乞い

太陽はゆっくりと、なるべく昇るのを拒否するかのようにゆっくりと昇り始めた。息子の死を決定する瞬間を迎えたくないと言っているようだった。
しかしラーデーヤは太陽が天頂に達する時を、しびれを切らして待っていた。体は不思議な熱を帯びていた。目は生きた石炭のように輝いていた。

お昼を迎え、太陽への祈りの儀式を終えた。
あとはそのブラーフマナがやってくるの待つだけであった。

ブラーフマナが現れた。
ラーデーヤの心臓は興奮していた。
ブラーフマナは彼の前に立って、両手を差し出した。
「与えてください」
ラーデーヤはいつものように相手の足元にひれ伏し、ブラーフマナを称え、座らせた。
「あなたが望むものを言ってください。それを与えましょう」
「私が望むものは富や牛やお金ではありません。あなたの持っているカヴァチャとクンダラをください」

ラーデーヤは微笑んだ。
「それは奇妙なお願いだ。見てください。これら二つは私の体と一体になっていて離すことはできないのです。他のものならどんなものでも与えましょう。こんなものよりももっと高価な他の鎧とイヤリングを差し上げましょう。王国でさえも差し出すことができますが、この二つは取り外すことはできないのです」
「あなたは与える人の中で最も偉大な人だと聞いてきました。
私は他の物は望んでいません。その二つが欲しいです。もしあなたが評判通りの誠実で正直な人であるなら、その伝説を真実にしてください。
あなたの体からそれらを引き剥がして、私にください。それはあなたがこれまでに与えてきたものの中で最高の、これから先も超えることのない最高の素晴らしい贈り物となるでしょう」

「あなたはずいぶんとこれらに魅了されているようですね。これは普通の装飾ではありません。神のアムリタに浸されてから私に取り付けられました。私を長生きさせ、死から守ってくれるものです。
私はこれから始まる戦争でドゥルヨーダナの為にアルジュナを殺すことを誓った。それを果たすためにこのカヴァチャとクンダラを持っていなければならないのです」
「いえ、そのカヴァチャとクンダラが欲しいです。他の物は要りません」

「実はあなたが誰なのか知っています。あなたはインドラです。
あなたこそが全ての与える人の中で最も偉大な人です。あなたの慈悲があるからこそ私達の地上は生かされ、富を得ています。
『パルジャンニャ(インドラ)のように与えなさい』
地上ではあなたのことをそんな風に呼んでいます。そのあなたが私に願い事を叶えるように頼んでいるのですから、困惑しています。
しかし今、私からの贈り物を受け取るのが、その偉大なインドラなのですから、これ以上ない喜びです。光栄です。私のまさに命と言えるものを捧げることは誇りです」

ラーデーヤは躊躇することなく自らの肉体からカヴァチャを引き剥がし、耳からクンダラを切り離した。それらをブラーフマナの前に置いた。
最高の犠牲を払うことを達成した喜びでラーデーヤの顔は輝きに満ちていた。

インドラの目も濡れていた。
天界から花が降り注いだ。

インドラは言った。
「これまでにあなたのような人を見たことがない。あなたこそ最高の人だ。太陽神によって私が来ることを聞いていたにも関わらず、それらを与えたら自分がどうなるかを知っていたにも関わらず、あなたが人生をかけてきたその高貴な誓いの為に、あなたはまさに自らの命と呼べるものまで差し出した。
さあ、あなたが欲しいものを言いなさい。我が武器ヴァジュラ以外なら何でも与えよう」

ラーデーヤは微笑んだ。
「おお、神よ。真の与える人というのは、決してお返しを受け取りません。それは与えるふりですから。与えるふりは恩恵をもたらしません。
しかし、相手があなたである場合は話が違います。私はあなたに願い事を叶えてもらおうと思っています。その理由はこうです。
この地上と天界両方において最も偉大な”与える人”として知られるあなたが、あなたの息子アルジュナに対する愛情やパーンダヴァ兄弟に対するえこひいきの為に、私のカヴァチャとクンダラを求めました。それは誰にも認められない振舞いでしょう。しかも私が固く誓ってきたダルマに訴えて私のまさに命とも呼べるものを受け取ったのです。
あなたに対する悪評から守る為に、私はあなたに願い事をします。今回の出来事のせいで世間から悪評を受けてはなりません。
あなたのシャクティを与えてください。
それをあなたが叶えるなら、世間はこう言うでしょう。
『インドラはラーデーヤからカヴァチャとクンダラを受け取ったが、そのお返しに彼の力強い武器シャクティを彼に与えた』
これが正しい評判となるべきです。
ですから、どうかあなたのシャクティを私にお与えください」

インドラは、目の前にいる、限りある命しか持たないこの人間の偉大さに驚いた。
この時ラーデーヤは天界の王であるインドラよりも偉大さにおいて高いところに上っていた。
「あなたは今日、天界の王である私を征服した。あなたの願い事を叶えよう。
まずはカヴァチャとクンダラを肉体から引き裂いた時の傷跡を癒しておこう。もはやあなたの栄光はこれまでよりも大きくなった。
もちろんこのシャクティを与えよう。これは一度だけ使えるものだ。つまり標的は一人の敵だけだ。一度放ったらそれは私の元に返ってくる」
「私の敵はたった一人です。必要なのは一回だけです」
「それはアルジュナだな。しかし、彼がクリシュナによって守られている限り、誰も、そのシャクティでさえもアルジュナを殺せないだろう。神の化身であるクリシュナはパーンダヴァ達を守る為なら自分の方に引き付けるだろう。クリシュナの前ではあなたの持つシャクティでさえ威力を発揮できないのだ」

「それは構いません。私はシャクティを手に入れられて幸せです。
私はまだ戦争に勝つ望みを持っていますし、アルジュナを殺す望みを持っています。たとえ愚かな望みだとしても構いません。ただ最善を尽くすのみです。
カヴァチャがなくても私に期待してくれている友の為にこの体を使います。それで私は幸せです」

「戦争に勝つか負けるかは小さなことなのだな。あなたは絶えることのない名声を勝ち取った。最も素晴らしい"与える人"として後世まで語り継がれるであろう。
クンダラを手放したことでカルナと呼ばれるだろう。
怯むことなくカヴァチャを切り離したことでヴァイカルタナとも呼ばれるだろう。
あなたの名は歴史に刻まれます。
そして今日からは『パルジャンニャのように与えなさい』ではなく、皆が『カルナのように与えなさい』と言うようになるだろう」

「もう一つだけお願いがあります。あなたはもう他人とは思えません。友情すら感じています。
私は自らの生まれを知らない為にずっと苦しんできました。
私の生まれの秘密を教えていただけませんか? 私は一体何者なのでしょうか? 私の父と母は誰なのですか?
どうか私のこの苦しみを終わらせてください」
インドラは思いやりの眼差しを向けた。
「あなたに伝えてあげたい。しかし、それは厳密に守られた秘密なのだ。まだそれを知る時ではないのだ」

ラーデーヤは肩をすくめてその言葉を受け入れた。運命には逆らえないと悟った。
「はい、それでいいです」
自らの涙を拭きとってインドラの前にひれ伏した。
インドラは自らの右手を掲げてラーデーヤを祝福した。
「あなたの名が後世まで香りますように。あなたの名を口にする者や、あなたのこの犠牲の話をする者は決してダルマの道から逸れることはないだろう」

ラーデーヤとインドラの上に天界から花が降った。爽やかなそよ風が吹いた。大地が少しの雨で濡れ、微笑んだ。

インドラは去った。
彼はラーデーヤから命を奪ったが、永遠の命を与えた。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?