マハーバーラタ/1-19.御者の息子ラーデーヤ

1-19.御者の息子ラーデーヤ

戦闘馬車の御者アディラタには16歳になる息子がいた。妻ラーダーの子という意味の愛称で、ラーデーヤといつも呼ばれていた。

ラーデーヤは母ラーダーに話しかけた。
「お母さん、ちょっと話を聞かせて。
今日は僕の誕生日だね。お父さんは僕に馬車と新しい馬をくれたんだ。もう一人で手綱を握れる歳になったんだって。
でも何か違うんだ。僕の両手は馬の手綱じゃなくて弓矢を持ちたがっているみたいなんだ。歩いていても、眠っていても、こればっかり考えてしまうんだ。弓を持って戦いたいんだ。
お母さん、おかしいよね? どうしてこんな風に考えてしまうのかなぁ?」

息子の突然の告白を聞いて、ラーダーの目に涙が湧きあがった。彼女は黙ってしまった。ラーデーヤは驚き、母の腕をそっとさすった。
「お母さん、ごめんなさい。僕が何か傷つけることを言ってしまったの? 傷つけるつもりはなかったんだ。愛するお母さん。僕の命よりも大事なお母さん。なぜ泣いているの?」
「あなたが昨日眠っている時、寝言を言っていたの。『行かないで! ねえ、答えてよ。あなたは誰? どうして僕にいつも付きまとうの?』って。あなたどんな夢を見ていたか覚えてる?」
ラーデーヤは少し黙ってから答えた。
「お母さん、しょっちゅうこの夢を見るんだ。きれいな服を着た女の人、お姫様みたいな人。顔はヴェールで隠されているんだ。僕が横になっていて、その人が覆いかぶさってきて、しかも涙を流しているんだ。その涙が僕の頬は焼くほど熱いんだ。『あなたは誰?』って聞くんだけど、そうするとその人は幽霊みたいに消えちゃうんだ。
この夢って何なの? 何か知ってる? 御者になりたくないのと何か関係があるよね?」

ラーダーはまるで失うのを恐れるかのように息子を抱き寄せ、膝の上に乗せた。
「あなたに話さなければならない時が来ました。
あれは16年前のことよ。美しい朝でした。お父さんはいつものようにガンジス河の岸に行って太陽に祈りを捧げていたそうなの。そうしたら、川に浮かぶ何か輝くもので目が眩みそうになったって。
そして宝石か何かかと思って泳いで行ってみたら木の箱だったの。その箱の中を見てみると、他に見たことがないほど美しい赤ちゃんが穏やかに眠っていたって。ガンジス河の波の音が子守唄になって眠らせているみたいだったらしいわ。お父さんったらそれを拾って家まで走ってきたの。『ラーダー! ラーダー!! 見てくれ! 君へのプレゼントだよ!!』って。
私はお父さんが持っているそのプレゼントの箱の中を見て目を疑ったわ。
『なんて美しい子! まるで朝の太陽のように輝いているわ!! しかもこのカヴァチャ(鎧)とクンダラ(イヤリング)。きっと神の子よ!!』
もう、あの時ほど驚いたことはなかったわね」

ラーデーヤは息を止めて聞いていた。その話はとても恐ろしく不思議な出来事に満たされていた。
そこまで聞いて、母の前にきちんと座り直そうとしたが、ラーダーは離れたくないと言わんばかりに彼を抱き寄せた。
「そして私はお父さんに言ったの。『この子はこの世のものではないでしょう。こんなに美しい子がこの世にいるはずがないわ。ええ、きっと神の子よ』
お父さんも言ってくれました。『おそらくこの子は天から来たのでしょう。あなたに子供が恵まれないので神様がくれたのでしょう。ラーダー、あなたの愛する子になるのだからラーデーヤと呼びましょう』
私達はその子を授かってとても幸せでした。
そして、その箱をよく見てみました。高価なシルクにあなたは包まれていたの。お姫様だけが使えるシルク。
だから、あなたはきっと高貴な王族のお姫様の息子で、しかも何かあなたを育てられない事情があったということ、そういうことでしょう。
あなたはそのカヴァチャとクンダラと共に生まれたので、ヴァスシェーナと名付けました。でもお父さんはいつもラーデーヤって呼んでいたの。
あなたは本当はお城にいるはずの人間だと思うの。だけどこんな貧しい御者の子として育てられてしまった。私達があなたにあげられる財産は愛だけです。
あなたが御者になりたくないと感じるのは、その生まれによるものでしょう。きっとあなたはクシャットリヤなのだから弓を学びたくなるのでしょうね。私はあなたがクシャットリヤだとを確信しています」

ラーダーは体を震わせて泣きじゃくっていた。
「息子よ、行きなさい。あなたは私の子ではありません。世界に出て行ってあなたの本当のお母さんを探しなさい。お母さんが見つかれば、あなたのその虚しさは晴れるでしょう。
私は大丈夫。あなたと過ごしたこの日々を神に感謝しています。息子を得られたこの記憶があれば、これからも幸せに生きられます」

ラーデーヤは涙で彼女の服を濡らした。
「お母さん、そんなこと言わないで。もう一人のお母さんのようにあなたも僕を捨てるつもりなの? 僕は彼女が誰なのか知りたくない。僕にはあなたというお母さんがいます。どんなお母さんよりも優しい、僕が最も愛しているお母さんだよ。あなたが僕に人生を与えてくれた。あなたこそ僕のお母さんだよ。
そうだね、僕はクシャットリヤかもしれない。きっとそうなんでしょう。でもそれはそれで構わない。僕は他の何かになろうとは思わない。あなたの息子でいられればいい。僕はラーデーヤ。命尽きるまでずっとラーデーヤなんだ。それが世界が僕のことを呼び続ける名だよ。恥ずかしくなんかない。スータ(御者)の息子であることを誇りに思うよ。
僕はこれから学びに行くよ。この世には知識に匹敵するものはないんだよ。学ぶことには生まれも家も関係ないんだ。知識を持つ人はどこに行っても評価されるはず。僕は知識と弓の技術を探求するんだ。
でもお母さん、覚えておいてね。僕はきっと戻ってくる。あなたが僕のお母さんです。誰も僕とお母さんを引き離すなんてできないからね」

ラーデーヤは母を抱きしめ、彼女も息子を引き寄せた。
彼らは涙を流しながら、ずっと強く抱きしめ合った。

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