全ては愛である
先日、友人と二人きりで初めて食事をした
その友人はパーマカルチャーのコミュニティ作りをしたり、心と体の健康を提供したりと自身のダルマに沿って神様に支えている人
沢山の話を私に分け与えてくれた
最近の私が悩んでいる事
それは気持ちの良い感覚とそうではない感覚
ヨーガや優しいコミュニティの中にいる自分と社会人として働く中にいる自分
平和の中に身を置いていたいのに、価値観が違う事で起こる摩擦
恥ずかしながらも私は純度高めの素直な人間なのでありのままを彼女に相談をした
嫌悪も全ては愛である
原子力発電所は、最初から悪いものと扱われる為に作られたのだろうか?
皆の生活をより良くする為に、愛の行動としてはじまったんじゃないのかな?
私の目の前に現れている出来事や属している場所にもきっとそのような必要である愛が溢れていてそれは今は嫌悪であっても愛しいものであると許し受け入れる時が来ているのだなあと彼女の話を通して気づきました
有り難いなあ
最近はこんなんおもてる
カーテンのようにベールをかぶせて生きるのはもう卒業しようと思います、私の目と私の直感で感じて選択する人生を