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『言語を持たない天使』の話

A館とB館を繋ぐ天井の低い一学年が集会ができるようなスペース兼通路を歩いていると、向こうの階段から慌てて降りてくる髪を短く刈った丸眼鏡を書けた男の子に、
「あなた、《言語を持たない天使の話》を無断で持ち出しましたよね?」
と、はきはき話しかけられる。気づくとわたしはさっきまで手ぶらだったはずなのに、ずっしりと重たい大きなトートバッグを提げていて、男の子は確実にこのバッグを怪しんでいる。し、わたしもちらっと横目でそれを見る。「一旦図書館で確認させてください」と言うので、言われるがまま上の階にあるらしい図書館に男の子と向かう。階段はモスグリーンの壁と、陽の入りにくそうな寒色のステンドグラスのおかげで昼間なのにとっても暗い。踊り場では夏服を着た女の子たちが3人で地べたに座り込んでわたし達には目もくれず、古紙にも見える汚れた紙を広げてみんなで覗き込んでいた。

図書館はかなり広くて、わたしは日当たりの良い窓際にある背の低い本棚が並んでいるスペースに連れていかれる。ここに《言語を持たない天使の話》があるらしい。さて、返してくださいというタイミングで、男の子が別の誰かに呼ばれてしまいむず痒そうな顔をしながら「探しておいてくださいね!」とだけ残して、バタバタと行ってしまう。
"そんな本借りた覚えないけどなあ…"と、バッグの中から10冊近くある本をゴソゴソと抜き出す。あった。いちばん奥底に《言語を持たない天使の話》。よく言えばクリーム色、正直に言えば黄ばんだ白い本の表紙には銀色の箔押し、中央にぎゅっと詰まった明朝体でタイトルが小さく書いてある。パラパラとページをめくると、辞書のように単語と意味がだらだらと並んでいる。たまにフォントが大きくなったり、文字が太くなったり。何も情報が頭に入ってこない。
なのに、わたしは何故かその本が欲しくなった。

再びトートバッグの一番奥に押し込んで男の子が戻ってくる前に場を去ろうと立ち上がる。フロアはかなり広くて、色んな人が《言語を持たない天使の話》の話をしながらちらちらとわたしの方を見てくる。わたしが先に彼、彼女たちを見ていたのかもしれない。本棚の隙間を縫って入口を目指す。現実でも変なふうに首を突っ込む節のあるわたしは一応受付に行き、先の件について「探しましたがやっぱり《言語を持たない天使の話》なんて本はなかったです。」とバカ正直に嘘を垂れる。「そうでしたか、どこに行っちゃったんだろうなあ」と丸眼鏡で恰幅のいい女性がアクリルボード越しにわざわざごめんなさいね、と興味なさげに答える。会釈するとまた、暗い階段をいそいそと降りて玄関を目指す。どうやらこの夢の舞台は小学校と中学校を軸にして作られているらしい、と、書いてるいまこの時点で気づく。

綺麗に並んだ下駄箱の一番角の棚、来賓用からいそいそと靴を取り外に出る。体育館からはきゅっ、と靴の鳴る音、どむどむとボールの音がした。バスケ部だろうか。外では外周中のテニス部員が顧問の目を盗んで日陰を歩いている。野球部は必死にミットやらボールやらを持って走っていく。きっと一年生だろう。多分、今日は土曜日のお昼前。空は影のない雲に覆われて真っ白。どうでもいいけどこんな日のことをわたしは白い日と呼ぶ。さて、丸眼鏡くんがわたしに気づいて追いかけてくる前にそろそろ帰りましょう。

どうかわたしと《言語を持たない天使の話》の行方についてはこれ以上探らないでください。


作品制作のための夢日記シリーズ
夢日記というにはやたら情景がすてきで、ショートショートというには文章がへたっぴ。消化!

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