ルーティン


ルーティーン。


日本語で、「決まった手順」「お決まりの所作」「日課」の意を表す。


スポーツ選手がよくルーティーンと呼ばれる動作を行うことが多い。


ある状況下において、決められた一連の所作を儀式的に行い、高いパフォーマンスを発揮できる精神状態を意図的に作り出す。


その最たる例が野球のイチロー選手で、バッターボックスに立つ前やヒットを打った後、また日常生活においてもルーティーンの一環とされる動作が多いらしい。



スポーツ選手のみならず、少し前にYouTubeでモーニングルーティーン/ナイトルーティーンというのが流行った。


それは前述したような集中力を高めるための儀式めいたものではなく、あくまで朝起きたらいつもやること/夜寝る前にいつもやること、という習慣に近しいものだった。


有名人から一般の主婦やサラリーマンまで、様々な人がYouTubeに動画を投稿して多くの再生がなされた。


それを見て何か得られるものは皆無なのだが、僕も何となしに好きでよく見ていた。


「嘘つけ!毎日やってるわけないやろ!」とスタイリッシュでインテリジェンスなツッコミを適度に挟みながらも、色んな人のルーティーンを見ていた。



かく言うそんな僕にもルーティーンが存在する。



モーニングルーティーンに関してはほとんどなく、朝起きてすぐコンタクトをつけてシャワーを浴び、歯を磨く程度である。


あとは7時間以上寝ると、低血圧ゆえの頭痛で1時間くらい頭を抱えて悶え苦しむということくらいである。



しかし、ナイトルーティーンに関しては厳密に定められている。



寝る前までは何も考えず普通に過ごしているのだが、「よし寝よう」となった時から僕のナイトルーティーンは幕を開ける。



まずは半袖半ズボンに着替える。




これは四季問わず、雪降りしきる真冬においても例外ではない。



僕は必ず半袖半ズボンで寝る。



理由は単純で、夏は暑いから・冬は毛布を存分に楽しむためだ。


話が脱線してしまうのであまり詳細には触れないが、冬は寝る前にエアコンを止めて窓を開けて、部屋の暖かさをゼロにした状態にする。


そう、理由は単純で、毛布を存分に楽しむためだ。



と、まあ半袖半ズボンに着替え、ストレッチをするのだ。




このストレッチが寝る前に必ず欠かせない重要なメインルーティーンなのだ。




3年前くらいから始め、寝落ちしてしまう時(寝落ちすることはほとんどないのだが)や他人の家で寝る時以外は必ずストレッチをしてから寝るのだ。



このストレッチを始めたのにはきっかけがある。




ある時ふと街を歩いていて、

「あれ?今、殺人鬼に追われたら、足怪我して逃げられんかも。」

と、思ったからである。



以前書いたことがあるかもしれないが、僕は学生時代微妙に足が速い分類にいた。(めちゃくちゃ速くはない)



高校生の時も微妙に足が速かったせいで、大学受験真っ只中の秋にクラス対抗リレーに選抜された。(クラス全体的に速くなかったからで、めちゃくちゃ速くはない)



ただ、あの頃のクラスを代表して走り、予選を勝ち上がり、我がクラスを決勝まで連れて行ったというプライドが残っているせいで、今でも本気を出せば50M6秒台を出せると信じて疑わない。(僕は第4走者で抜きも抜かれもせず、圧巻の現状維持を披露しただけ)



と、今でも走力に自信はあるものの、もし殺人鬼に追われた時にアキレス腱を切ってしまえば、『疾風のファンタジスタ』の異名を持つこの僕でもさすがに逃げられない。



数年以上運動を一切していなかった僕は焦燥感に駆られ、ストレッチを始めた。



最初はよく体育の授業前にやっていたストレッチとかを思い出してやっていたが、ちょうどその頃に読んでいた睡眠の本に、「寝る前はいつも決まった動作をした方が良い」みたいな書いてあった。


寝る前にいつも決まった動作を繰り返すことで、自分の身体に「今から寝ますよ~」という信号を送ることができるそうなのだ。


なので、色々ストレッチについて調べて試行錯誤して、今では同じメニューを同じ順番で15~20分くらいかけて、それを3パターンくらいの動画を見ながらすることで身体におやすみ信号を送っている。(本当は寝る前にスマホを見ることは睡眠にめちゃくちゃ良くないらしいが、そこまでは気にしない)




と、まあこんな具合に、僕はナイトルーティーンを欠かさない。






1年半くらい前、当時僕には親密な関係にあった女の子がいた。



当時よく彼女の家に泊まりに行っていて、僕たちは紛れもなく青春を謳歌していた。(弱冠22歳)


初夏の爽やかな風が僕らを歓迎し、柔らかな木漏れ日が僕らの未来を明るく照らしていた。


逢瀬を重ね、月明かりの下で愛を確かめ合う僕らに、乙姫と彦星が羨望の眼差しを向けていた。




そんなある日、僕は彼女の家で何となしにストレッチをした。



前述したように、僕は自宅以外ではナイトルーティーンは適用していなかったものの、よく行っていたというのもあり、何となしにその日はいつものストレッチをした。




脚・肩・腰といつもの順番で、いつものメニューをしていた僕の姿を、彼女は黙ってじーっと見ていた。



「何してるの?」と聞くでもなく、ただ黙ってじーっと僕のストレッチを見ていた。


そんなじーっと見ている彼女は僕と目が合うと、黙って目を逸らし、黙って洗面所の方に行った。




ストレッチを終えた僕は、そのまま普通に布団に入り、普通に男女の契りを交わし、普通に寝た。





数日後に、ふとストレッチをしていた僕を見る彼女の目が気になった。




不思議そうでもなく、驚くわけでもなく、何かを感じ取っていたようなあの目。




その時はっと気づいたのだが、彼女は僕がルーティーンをしていたのではなく、愛を重ねるための準備体操をしていると勘違いしたのだ。




いつもはしないストレッチを見て、「今日はエキサイティングな試合になるぞ!」と淡い期待を抱かせてしまったのだ。




そういえば確かに、その日彼女はいつもよりハッスルしていたような気もした。




申し訳ないことをしてしまった。





ルーティーンとは、本来当人の精神を落ち着かせるものであるが、時と場合により第三者の精神を高ぶらせてしまうものなのだ。





これ以上変な誤解を生じさせないためにも、改めて断言しておこう。



僕はパワーセックス派ではない、ラブセックス派だ。





水瀬

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