輪廻転生
僕は今自分が歩んでいる人生を何一つ後悔していない。
何一つとしてだ。
これまで幾度と大きな選択に迫られ、その度に自分で進む道を決めてきた。
正直、今思い返せば選択を間違えたと思うこともあるが、後悔は何一つしていない。
成功なんてほとんどしたことなく、失敗ばかりの人生を歩んできたが、それで良かったのだと心の底から思っている。
どうやら、僕は相当図太い性格らしい。
あれだけ絶望を抱き続け、ギリギリの精神状態で彷徨った日々でさえ、「どういう展開で話そうか」と笑い話にしようと試みる己のエンターテイナー精神はまさに感服ものである。
そんなこれまでの人生を全く後悔していない僕であるが、
人生がもう一度あるならば、なってみたいもの・やってみたいことなど結構ある。
今とは別の進んでみたい道というものがあるのだ。
今回はそんな道をだらだらとご紹介したいと思う。
①クールな塩顔男子
まずは、やっぱりこれですよね。
今の人生を生きる僕は到底クールとは言い難い饒舌バカみたいなテイストでやらせてもろてます。
理想としては、普段は感情を表に出さないポーカーフェイスな感じで、でもそれでいて顔立ちが美しく女子から人気があるから存在意義が保たれる、そんな存在になりたかったですね。
間違っても、目の前のどんな小さな笑いであろうがお構いなしに拾い集めて、何とか自分の存在意義を示そうと躍起になるファニーなオタフクソース系男子になんてなりたくないですね。
②みんなから絶大な信頼を誇る生徒会長
生徒会長なんてやってみたかったですよね。
何て言うんですかね、”学校の顔”・”学年の代表”的な?
「俺らの学年で1番有名な奴といえばあいつやろ!」的なことを言われるような存在になりたかったですね。
廊下を歩いてると、近くの女子たちが噂をし始める的な、あれね。
「お~い!会長~!」みたいな、もう名前でみんな読んでくれへんやんみたいな、あれね。
ここで重要なのは、前会長が冷酷非道な人だった、ってのがポイントですね。
みんなどうしても規則や校則に厳しい前会長に不満を抱かざるを得なかったみたいな。
そこで現れたのが、いつも明るくて笑顔が絶えない、人の立場に立って物事を考えることができる、救世主の僕ですね。
他の候補者を寄せ付けない圧倒的な投票数を集め、生徒会長に就任。
あまりの人気っぷりに、高校2年生の秋に新しく就任したものの、3年生にまでも厚い信頼を得るというカリスマ性まで発揮しちゃうみたいなね。
その信頼度は生徒のみに留まらず、教員までもが僕を頼りにしちゃうみたいな。
どうやら将来、僕を学校に教師として破格の待遇で迎え入れようと大規模な非常勤講師の人員削減するという話まで持ち上がっちゃってるみたなね。
いやー、困っちゃうなぁみたいなね。
こんな皇帝みたいな学園生活してみたいですよね。
③マネージャーのあいつとキャプテンの俺
これはね、つまり野球部ですよ。
僕が野球部のキャプテンだったとして、みんなで甲子園を目指してるんですよね。
で、みんなに優しい野球部員全員が大好きなマネージャーのあいつ。
実は、そんなあいつと僕は幼馴染みなんですよね、いいでしょ?
お互い密かに気持ちは抱いているんですけど、まぁ立場上ね、キャプテンですからね、隠していると。
そんな想いを隠しながらも、野球に打ち込む僕。
それを陰ながら、応援してくれている幼馴染み兼マネージャーのあいつ。
で、最後の夏の大会なんですけど、甲子園出場一歩手前の決勝戦で僕がエラーをして負けちゃうんですよね。
責任を感じて一人グラウンドで落ち込んでる僕にあいつが話しかけるんですよね。
あいつ 「よく頑張ったね。お疲れ様。そして、ありがとね。」
僕 「やめてくれよ。俺のせいで負けちまったんだ。」
あいつ 「そんなことないよ!私はあなたが誰よりも頑張ってたの知ってるんだから!」
僕 「・・・ありがとな。それと、すまねぇな。最後の最後で、お前にカッコ悪い記録をスコアブックにつけさせちまって。」
あいつ 「分かってないなぁ。どんなカッコ悪い”記録”だったとしても、私にとっては誰よりもカッコ良い”記憶”として残ったから。」
んー、良いですよね。
これですよね、部活っていうのは。
やっぱりこんな展開というのは、ラブコメ常連部活にしか訪れないものですよね。
間違っても、激弱硬式テニス部なんてところでは起こらないですよね。
④帰国子女が図書委員だとおかしいですか?
ある日、うちの学校に転校生がやってきた。
いつもやかましいクラスのお調子者が朝から騒ぎ立てていたが、まさか本当だったなんて思ってもみなかった。
教室には、月曜日とは思えない異様な熱気が漂っていた。
彼女はこの辺りでは見慣れない制服を着ていた。
制服以外はどこにでもいそうな見た目をした彼女の日本語は少しぎこちなかった。
両親の仕事の都合で彼女は5歳からフランスにいたらしい。
とはいえ、両親は日本人なため日本語はペラペラだが、海外で過ごした時間んの方が長いせいか、所々言葉のイントネーションに違和感を感じた。
そんな彼女の黒い瞳を一瞥し、僕は読書を続けた。
彼女の席は、僕の隣になった。
別に神様のいたずらでも何でもない、ただ新たなスペースがそこにしかなかったからだ。
席が隣であれ、僕と彼女が話すことはなかった。
が、休み時間に時折感じる彼女の視線は僕の読書を邪魔した。
ひょんなことから、僕と彼女は図書委員になった。
本ばかり読んでいる僕が任命されたことは何ら不思議ではなかったが、彼女が自ら立候補したことは不思議でならなかった。
そんな彼女と初めて会話をしたのは図書室だった。
いつものように雑用を済ませ、独り読書の時間に耽る。
彼女の視線が以前にも増した気がするが、僕はいつしかそれも気にせず自分の世界に浸れるようになっていた。
今思えば、不思議と彼女の視線を不快に感じたことはなかった。
深い静寂を一閃するかように図書室に彼女の声が響いた。
「どうしていつも本を見ているの?」
一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。
図書室ならではの静寂とは別の静寂が訪れたような気がした。
本を見る?いや、読むの間違いではないか?
恐らく、彼女は帰国子女ゆえに微妙な言葉のニュアンスが分かっていないのだろう。
彼女の言葉を指摘しようとする前に、僕はその先の言葉が出てこないことを悟った。
どうして、本を読むのか。
確かに、改めて考えたことはなかった。
物心ついた時には、僕はもう活字を追っていた。
かといって、親に言われて始めたことではない。
ましてや、自分の意志で始めたことでもない。
では、僕はなぜ本を読んでいるのか。
理由は無い。
目的も無い。
ただ、目の前に本があるから。
ただ、それだけ。
僕の知らない本があれば、読まずになんていられない。
ただ、それだけ。
上手く言葉では表せない。
強いて言うならば、”衝動”。
”衝動に駆られた”から、行動しているだけ。
こんな言葉が彼女に伝わるはずがない。
帰国子女じゃなかったとしても、理解できるはずがない。
僕はできるだけ彼女に分かりやすく、かつ意味が理解できるように伝えた。
「ただ、好きだから。」
そう伝えると、彼女は少し微笑み、
「私も。」
と、そっと耳下で囁き、僕の頬にキスをした。
あっけにとられる僕を横目に、彼女はしおりに描かれた蝶のように図書室を去っていった。
一体、どう理解したらそんな行動がとれるのか。
文化の違いから生まれた齟齬なのだろうか。
どんな小説の主人公だって、彼女ほど心情が読めないようには描かれないだろう。
「まったく、これだから本を読まないやつは嫌いなんだ。」
僕はそう呟き、ミステリー小説をそっと閉じて、冷房の温度を2℃下げた。
やっぱり、本を読むって大事ですね。
水瀬
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