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どこでも働けるということは、どこでも働けちゃうということ

「好きな人と、好きな場所で、好きなことを」を実現するため、ここ数年かけてパソコン1台あれば生活できる基盤を構築した。

おかげでどこかに誘われたとき、フットワーク軽く移動でき好きな人たちと好きな場所にいけるようになった。

ただオンとオフの切り替えがなくなったのも正直なところ。自分の場合はそれを望んでいるため問題ないけれど、同じように「新しい働き方」を目指す人のなかにはそれがないことを苦手とする人も多い。

その理由の1つに、周りに理解してくれる人がいないということが挙げられるのではとふと感じた。

自分の周りには同じような働き方をしている人たちが集まるため、一緒にいながら急にzoomミーティングを始める人や、飲み会中にスマホで仕事をはじめる人たちがわりと多い。

自分も急な対応が入るときや、外せないミーティングの際は同じことをしているのでそれを嫌だとも思わないけれど、同じ働き方をしていない人たちはどうやらそれを不快に思う人たちもいるようだ。

結果、理解できる人たちしか周りに残らなくなり、同じような働き方の人たちしか周りにいなくなるのではとも。

類は友を呼ぶというより、類しか残っていかない感じ。

電波が入るからとせっかくの無人島でオンライン打ち合わせやLINEニュース配信をしたこともあれば、


全国どこでもコワーキングスペースが使えるサブスクサービス「いいオフィス」を利用して、ちゃんとした場所で働くことも。

バンライフをしていたときはハンドルにパソコンを固定してオンラインで打ち合わせするなんてこともしょっちゅうあった。

シェアハウスからコワーキングまで行かないとだけど、ミーティングの切り替えがパソコンからスマホにできず、歩きながらパソコンでオンラインミーティングをしているのを面白がってインターンに写真撮られることも。

大変かどうかでいうと、もちろんちゃんと大変で、自分でもできることならちゃんとした環境で作業やミーティングをしたい。

けれどそこにごわり過ぎると、結局冒頭の「好きな人たちと、好きな場所で、好きなことを」ができなくなるため、そこは我慢して環境を楽しむことが大切なのかもと。

結局のところそんな生活や働き方がゆるされるのは、それを許容してくれるクライアントや周囲の仲間がいるからなので、あらためて日々感謝だなとnoteを綴りながら思った。

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