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ロビンソン・クルーソーは深かった~読書記録86~

18世紀、イギリスの作家ダニエル・フォーにより書かれた「ロビンソン・クルーソー」(ロビンソン漂流記)の物語は古典とも言うべき有名だ。
子供向けに訳された本も多数出ているし、ボードゲームもあり、なかなか面白い。(と言っても、平成以降の若者たちにはボードゲームなどわからないか)
大雑把に言うと、「ロビンソン漂流記」は、無人島に漂白し、その島から脱出するまでの事を描いた話である。
子ども時代に児童文学書として読み、有名であるから、内容そのものはずっと知っていた。

ここで、何故、「ロビンソン漂流記」なるものを又読み返そうかと思ったかと言うと、ここのところ読む本にかなりの頻度で紹介されていたからであった。
経済の本、宗教の本、エッセイ、英米の文学書など。

あらすじについては、上に上げた北大のゼミ生の論文が詳しい。

マックスウェーバーを始め、日本の現代の経済学者もロビンソンクルーソーの話をしているのだ。

改めて、幾つかの訳本を読んでみた。
そして、極めつけはこの1冊だった。

いのちのことば社と言う、キリスト教専門の書を扱う出版社から出ていることからわかるように、実に宗教的な本である。

今回、新たにわかったのは、今まで描いていた「無人等脱出記」「冒険小説」「サバイバル生活」ではなく、実に信仰の書なのだ。

ところどころに、聖書の言葉が出て来る。
極めつけは、無人島に独りいる現実において、主人公は「良い事」「悪い事」を対比させ、書いていく。
「この対照表が明らかにしているのは、どのように惨めな境遇にあっても、何かしら感謝すべき事があるという事実である」

主人公は荷物の中に聖書があったことを感謝し、読み続けた。
「この島にいる事を感謝します。とは言えなかったが、神が、私の過去の生活がどんなに邪悪なものだったかを見せてくださり、悔い改めさせるために目を開いてくださったことを感謝した。以前わたしは聖書を開いたことはなかったし、荷物の中に入れた覚えもなかった。しかし、私が何も言わないのに、イギリスの友人を導いて荷物の中に聖書を入れさせ、難破した船からそれを島に持ってくるように私を導いてくださった事についても、神に感謝しないではいられなかった。」

「もともと、神と父の教えにそむいて海に出たクルーソーですが、何度もそのことを後悔し、後悔しつつも又忘れてしまいます。そういう繰り返しのあとで、次第に神の力や自然の摂理をしっかりと認識していく」海保眞夫訳あとがきより。

そうか。。。こんなにも深かったのか。と、改めて知ったのであった。

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