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回帰としてのカトリック~読書記録28~

藤原治著 教文館 2014年刊。

「青年時代に教会を離れた著者が、老年期を迎える今、信仰への回帰を試みた「告白」の書。神存在の矛盾を説く科学者の友人への反駁を通して、実存的関心に基づいた「自分自身のためのカトリック」論を大胆に展開する。荒削りながらも奇想天外な飛躍と着地を見せる、痛快で型破りな神学通論風エッセイ。」

(教文館出版の書籍紹介文より)


著者の藤原治氏は1946年生まれの京都出身。地元のカトリック中高、東大、電通という経歴だ。電通の社長となり、キリスト教とはまったく関係ない場面にて「現在のCMスキップの時代に今までと同じ広告でよいのか」と提起しておられた事の印象が強い。
藤原氏曰く、キリスト教の学校でのいわゆる優等生は真面目であることはもちろん、学生時代に洗礼を受けて侍者の務めをすることだそうだ。電通に入社後は忙しく信仰から離れていたが、会社を退職、落ち着いた今、自分なりに信仰とは何か、神とは何かを求めていく。
今まで多くの信仰者が求めてきたもの、それに重なる部分は感じたが、私個人としては、「信仰とは幼稚園や学校でなんとなく、教会に行くようになった。親がクリスチャンだからなんとなくではなく、個人的な神との戦いである」事を感じた。私が大好きな創世記32章23-32はヤコブがペヌエルにて神と戦う話であります。このヤコブほど真剣に神を求める者でありたい、と願うのでした。

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