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海辺のカフカ~読書記録375~

海辺のカフカ 村上春樹 2002年

『海辺のカフカ』(うみべのカフカ)は、村上春樹の10作目の長編小説。 ギリシア悲劇と日本の古典文学を下敷きにした長編小説であり、フランツ・カフカの思想的影響のもと[注 1]ギリシア悲劇のエディプス王の物語と、『源氏物語』や『雨月物語』などの日本の古典小説が物語の各所で用いられている。15歳の少年「僕」が、不思議な世界を自ら行き来しながら、心の成長を遂げていく物語である。また本作は『ねじまき鳥クロニクル』からの暴力、戦争といったテーマが引き継がれており、生々しい残虐なシーンも同様に登場する。

「僕」田村カフカは東京都中野区野方に住む15歳の中学3年生である。父親にかけられた呪いから逃れるために家出を決心し、東京発の深夜バスを四国の高松で降りる。
カフカは高松の私立図書館に通うようになるが、ある日目覚めると、自分が森の中で血だらけで倒れていた。カフカはその晩、深夜バスで出会った姉のように思うさくらの家に一泊させてもらい、翌日から図書館で寝泊まりするようになる。そこでカフカは、なんとなく自分の母親なのではないかと思っていた館長の佐伯と関係を持つようになる。
ナカタもまた野方に住む、知的障害のある老人であった。通称「猫殺し」の男を殺害し、東京を離れた。ナカタはトラック運転手の星野の力を借りて「入り口の石」を探しはじめた。その頃ちょうどカフカは、図書館の司書の大島から父親が自宅で殺されたニュースを知らされる。やがて警察の手がのび、カフカは大島が提供してくれた森の隠れ家に移る。
一方、「入り口の石」を探すナカタは図書館にたどり着き、そこで佐伯に会う。そしてナカタが帰った後、佐伯は机に突っ伏すように死んでいた。
森の奥でカフカは、旧帝国陸軍の軍服を着た2人の兵隊と出会い、彼らに導かれて森を抜け川のある小さな町にたどり着く。そこで佐伯に会ったカフカは、彼女から元の世界に戻るように言われる。
マンションに隠れ住んでいたナカタは「入り口の石」を開いた後、客死し、ナカタを失った星野は黒猫の助言を受けナカタがやり残した「入り口の石」を閉じる仕事にとりかかった。
最終的にカフカは現実へ戻ることを決意し、岡山から新幹線に乗って東京への帰途につく。

ううむ。やはり村上春樹の世界というか。不思議な話であった。
何故に戦時中に中田少年は意識を失い、知的障害者となってしまったのか?
最後に星野青年が見た物はなんだったのか?
不思議な世界なのだが、読むうちに引き寄せられていく。

海辺のカフカは、もちろん作家・カフカから取ったものだが、それはチェコの言葉で「カラス」を意味するらしい。
物語の冒頭にいきなり登場する「カラスと呼ばれる少年」。このカラスがカフカなのだ。
不幸な境遇で友達がいないカフカ少年自身がカラスと呼ばれる少年であった。多分、私は、これに気づくのが遅すぎるのだろう。

神様ってのは人の意識の中にしか存在しないんだ。とくにこの日本においては。良くも悪くも、神さまってのはあくまでも融通無碍(ゆうづうむげ)なものなんだ。
世の中のほとんどの人は自由なんて求めてはいないんだ。求めていると思い込んでいるだけだ。すべては幻想だ。覚えておくといい。人々は実際には不自由は好きなんだ。
大事な機会や可能性や、取り返しのつかない感情。それが生きる事の一つの意味だ。(本書より)

この作品から感じたのは「無明」ということでもあった。多分、村上春樹の父の実家が浄土宗寺院でそういう環境だったからだろうか。


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