悲しい歴史の寺 伊豆の国市 曹洞宗守護山眞珠院 私の百寺巡礼218
伊豆の国市は、源頼朝と北条政子が共に歩き語り合ったという小径があり、そこに沿って幾つか寺院がある。
北条家が好きな人には微笑ましいのだろうが、その裏には悲しい事実もある。そんな涙を観る寺院が、こちらの眞珠院であった。
鎌倉初期、源頼朝との悲恋に身を割かれ、真珠ヶ淵に入水した伊東祐親の娘「八重姫」をまつる寺。 「せめて我が身を投じて、将来共末長く不幸な女人たちの守護神となりましょう…。」と、那木の一枝を取り、身を投じたと言い伝えられている。 今日に至るまで女性の守り神、パワースポットとして、里人の信仰を集めている。八重姫は北条義時の叔母にあたる。
(伊豆の国市観光案内より)
八重姫(やえひめ、生没年未詳)は、平安時代末期の女性。伊豆国伊東庄(現・静岡県伊東市)の豪族であり、頼朝の監視役であった伊東祐親の三女。源頼朝の最初の妻とされる。頼朝の初子・千鶴御前(千鶴丸)の母。『延慶本 平家物語』『源平盛衰記』『源平闘諍録』『曽我物語』などの物語類にのみ登場し、同時代史料や『吾妻鏡』など後世の編纂史料には見えない。また前述の物語類にも名は記されておらず、「八重姫」の名は室町後期から江戸期にかけて在地伝承として生まれた名だと思われ、文献では江戸時代末期の伊豆の地誌『豆州誌稿』に初めて現れる。また江戸時代前期成立の『東奥軍記』『和賀一揆次第』では名を「万功御前」としている。
広い敷地は見所が多かった。
とても綺麗に管理されたお寺であった。
けれども、八重姫の深い悲しみを思い、涙し、八重姫の想い、自分のように不幸な女性がいなくなるようにを知るのであった。
春先の 八重姫偲び 御堂かな
曹洞宗守護山眞珠院
伊豆の国市中條2番地
伊豆箱根鉄道伊豆長岡駅より徒歩10分