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禅を深く悟った白隠禅師 沼津市 臨済宗白隠派大本山松蔭寺 私の百寺巡礼215

静岡県沼津市。そこは臨済宗王国だ。
何故か?臨済宗を復興させた白隠禅師の出身地であるからだ。

私が白隠禅師を知ったのは、村木弘昌医師の著書による。

白隠禅師のお寺を訪ねたい。そう決意し、ひと月も経たずに行ってしまうという落ち着きのないこと。禅とは程遠い己を感じる。

丹田式呼吸の本で検索すると、実に数多くヒットするが、その殆どは白隠禅師に遡るのだ。


臨済宗の古寺で、歴史は約700年あり、江戸時代に白隠慧鶴が住職を務めた寺として知られている。現在は白隠宗である。
白隠の父の叔父である大瑞宗育が慶安年間に復興し、5代目住職を白隠慧鶴が、次いで遂翁元盧が住職を務めている。 白隠は享保2年(1717年)に住職となり、享保3年、34歳の時、京都妙心寺の第一座となった。その後、松蔭寺には全国から雲水が訪れ、多くの僧がこの寺で修行したことが知られている。
白隠は明和5年(1768年)84歳で入寂し、この寺の境内に墓がある(県指定史跡)。また、松蔭寺には、白隠が岡山城主池田侯から贈られた備前焼のすり鉢を、台風によって裂けた松の枝の雨避けにかぶせたというすり鉢の松が有名であった。しかし、枯死したことから現在は伐採されている。
山門は木造、石瓦葺き、切妻造りの平屋建てである。この門の特長は、石瓦葺きであることで、幅約30センチ、長さ約1メートルのものを1面3段54枚、裏表合わせて108枚を用いて葺かれており、白隠禅師の考案といわれる。この地方では他に類例を見ないものである。
なお、松蔭寺と白隠禅師は、「ぬまづの宝100選」に選ばれている。
開山堂と山門が、平成28年8月に国の有形文化財に登録されている。
(沼津市ページより)

白隠慧鶴(はくいん えかく、1686年1月19日(貞享2年12月25日) - 1769年1月18日(明和5年12月11日))は、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧。諡は神機独妙禅師、正宗国師。
駿河国原宿(現・静岡県沼津市原)にあった商家の長沢家の三男として生まれた白隠の幼名は岩次郎。岩次郎は、15歳で松蔭寺の単嶺和尚のもとで得度し、慧鶴と名付けられた。 16歳で沼津大聖寺の息道和尚につかえていたある日、『法華経』を読んでいて、こんなたとえ話の多いお経に功徳があるのかと思った。 その後、諸国を行脚して修行を重ね、24歳の時に鐘の音を聞いて見性体験するも増長して、信濃(長野県)飯山の正受老人(道鏡慧端)にあなぐら禅坊主と厳しく指弾され、その指導を受けて修行を続け、老婆に箒で叩き回されて次の階梯の悟りを得る。のちに禅修行のやり過ぎで禅病となるも、白幽子という仙人より「内観の秘法」を授かって回復した[2]。その白幽子の机上には只『中庸』『老子』『金剛般若経』のみが置かれていたという。更に修行を進め、42歳の時にコオロギの声を聴いて仏法の悟りを完成した。
この経験から禅を行うと起こる禅病を治す治療法を考案し、多くの若い修行僧を救った。「内観の秘法」は気功でいう気海丹田式の功法に相当するものであり、またこれは天台小止観と同じとも言っている。他にも「軟酥の法」を教授している。
また他の宗門を兼ねて修道すべきではないと戒めている。これは他の宗門を排除するためではなく、それぞれの宗門を修めることがそれぞれに成道することに繋がると捉えているからである。
浄土門は浄土門として認め、真正念仏の人という話もしている。また妙法蓮華の話もしている。
地元に帰って布教を続け、曹洞宗・黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで謳われた。
現在も、臨済宗十四派は全て白隠を中興としているため、彼の著した「坐禅和讃」を坐禅の折に読誦する。
現在、墓は原の松蔭寺にあって、県指定史跡となり、彼の描いた禅画も多数保存されている。


見事な河津桜

画像にぼかしを入れさせていただいた。白隠禅師のお墓はどこよ?と迷っていた時に、お寺の掃除をされていた男性に声掛けを。
一般の檀家さんで、お寺の掃除をしている最中で、お墓の場所まで案内してくださった。感謝。
墓石は旧いものであり、ろくに調べもせずに他県から行ってもわからないで終わっていたかもしれない。

右にある大きな石が白隠禅師のお墓になる。

白隠禅師のお墓から観える景色だ。まるで、絵葉書のような素晴らしい富士と青空であった。


沼津市で面白いなと思ったのは、お寺の中に普通に神社があるのだ。時宗の西念寺さんは天神様が祀られているし、こちらは五社神社だ。
熊野三所大権現、浅間大明神、稲荷大明神、秋葉山大権現、北野天満宮を白隠和尚之遺命に依り合祀す。(パンフレットより)

石像群が素晴らしい。


ジョンレノンは白隠の教えに感銘を受け、自室には白隠の作品「達磨」が飾られていました。

イマジンには以下のような歌詞があります。
Imagine there's no Heaven
想像してごらん 天国なんてなんだと
これは白隠の有名な書「南無地獄大菩薩」地獄も極楽も人の心に映ったものに他ならない。この教えの影響を受けているものだといわれています。
「僕にとって最高の詩は俳句であり、最も優れた絵画は禅画だ」
ジョン・レノンの言葉です。(パンフレットより)

ジョン・レノンが言うまでもなく、白隠禅師は「地獄も極楽も人間自分自身の心の中にある」ということを説かれているのだ。


実に見所の多い伽藍であったが、関東よりも暖かいからだろうか。
所々に咲く河津桜の可憐さに春の温もりを覚えるのだった。
又、住職夫人、寺院を丁寧に手入れされておられた檀家の方々には人の暖かみも感じた。温暖な土地であるからか。家で引きこもってネットで得る情報以上のものを得られて感謝であった。

ただ座り 河津桜に イマジンよ

臨済宗白隠派松蔭寺
静岡県沼津市原128
東海道線原駅より徒歩10分


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