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呪文 星野智幸 2015年~読書記録238~

星野智幸による小説。

出版社による紹介
それは、希望という名の恐怖――寂れゆく松保商店街に現れた若きリーダー図領。人々は彼の言葉に熱狂し、街は活気を帯びる。希望に満ちた未来に誰もが喜ばずにはいられなかったが……。


舞台は、寂れて行く商店街。
主人公は、その商店街でメキシコ料理店を営む霧生であるが、出て来る登場人物各人を章ごとに丁寧に表現している。

21世紀という時代を感じさせる作品であった。
自己実現に自己責任。生きる意味。
自らを「クズ人間」と信じる人びとが登場する。
「クズ道というは死ぬことと見つけたり」
この言葉は、幾度か出て来るが、色んな意味で怖い話であった。

元々は、「武士道というは死ぬことと見つけたり」から作者は使っているのだろう。

クズが自分から役割を自覚して。自ら前向きに死のうとするところをよしとする。集団自決。最期は切腹でだ。

集団自決。これって最近話題になっている。
イエール大学の成田先生の発言だ。


始まりは、会社でのストレス発散を松保商店街の居酒屋で晴らそうとした佐熊のネット拡散であった。
ネットでは「ディスラー総統」を名乗り、居酒屋店主・図領とのやり取りを動画撮影し、自分に都合のいいように動画編集、ブログやYou tubeで公開、幾つものアカウントを用い拡散させる。
これは、今のネット社会なら現実にありそうで、リアリティーがあり、怖いところだ。
今の時代、この手のクレーマーは多いのではないだろうか。
図領は、毅然とした態度で自分自身もブログを始め対抗していくのだ。

商店組合の事務局でもある図領は、商店街活性化の為に、あらゆる手段を使うのだが、自分のいいように運営していく。
老人たちは、街を離れていく。図領の手下たちは、街にいて欲しくない人の家に□マークを描く。それは、失格者の意味だ。

栗木田は、お店経営者としてではなく、商店街をパトロールするという形で参加。グループ名は「未来系」。多くのメンバーが参加していく。要は「自警団」だ。
この栗木田という男は、まあ、カルト宗教の教祖みたいなもんなのだ。
一緒に暮らす犬伏を日頃から「クズ」と罵る。
店を畳み、土地を売却しようとしている老人の元に行き、自分たちのしたい方向に持って行く巧みさ。これは、まさにカルトだ。
栗木田ら未来系メンバーは、ディスラー総統の本名、所在地をネットの写真などから割り出し、主人公の霧生と共にディスラー総統の家に行く。
ネットに何気なく載せた写真から所在地などを割り出せる人がかなりいる。これは現実の事であり、こういったリアリティーさが、この小説の怖さなのだろう。
栗木田は己が手腕を発揮し、ディスラー総統こと、佐熊を従わせる。
佐熊の事も、クズ人間だから、ネットでの嫌がらせをしてしまうのだ、と言う。
栗木田は、実に多くの人に「クズ人間」を言うのだ。

「ノアの方舟の話は知ってるよな?」
佐熊は一瞬、怪訝な顔になるのをとめられなかったが、とにかく頷いた。
「私はキリスト教徒ではないし神とか信じてもいないけど、普遍的な話だと思うので、方舟の例で考えてみたい。洪水が起こる前、世の中は言ってみれば腐っていたわけだ。ちょっとやそっとで変えられるような状態をはるかに超えて、もうどうしようもなくなっていた。いったん世界をご破算にする以外に、この世を救う道はもはやなかった」
栗木田は間を置いた。これが栗木田の話術らしかった。
「それでノアとその一族を方舟に乗せて、残りの全人類を滅ぼした。動物はとばっちりだけどね。で、ノアは選ばれた人間ということになっているが、本当にそうなのか。というのがここで考えたいことだ。何しろ、世が新しくなるために本当に必要だったのは、ノアが生き残ること以上に、他の人間たちが死ぬことだったんだから。選ばれたのはノアじゃなくて、ノア以外の、死んだ者たちじゃないだろうか?ノアはむしろ、選ばれなかった、選に漏れた役立たずと言えるんじゃなかろうか」
「今の世も腐ってるよな。だからディスラーも世直しに励んだつもりでいたんだもんな。洪水みたいなものも、世界中で起きている。まさに、古い時代は終わり、新しい時代が作られようとしている。人類は少しずつ滅亡しようとしていると、私は実感している。それで、方舟がどこにあるのかは知らないが、少なくとも私はその乗客ではないことは自覚している。本能的に知ってるというかね。おまえらもそうだろ」
「大切なのは滅びるほうだろ?滅びるべき者たちがその使命を悟って死んでいくから、世の中を新しく変えることができるわけだ。つまり、世を変えているのは、死んでいく側なんだよ。我々が。世を捨てるような自棄な気分じゃなくて、強い意志を持って率先して消えることで、次のもっとマシであろう世を生むことが出来るんだ。変な言い方だが、無意味さを認めて死ぬことの出来る我々には、生まれてきた意味がある。わたしはそちらの側にいたい。というか、いる。我々こそが改革者なんだ。選ばれた民なんだ!」
栗木田は名曲のサビの部分を歌い上げるように、美しく通る声を張り上げ、人差し指で佐熊を指した。(本書より)


皆で主人公を取り囲んで暴力をふるいながら 「お前はクズなんだよ!」 と洗脳していく様は、前に読んだToshl君の「洗脳」の場面そのものだった。 

主人公・霧生も洗脳され、未来系の活動をしていくが、おかしいなと気づいていく。
何人かに声をかけ、商店街の歩行者天国の日に自決しようと決めるが、以前から愚痴を聴いてもらっていた鍼灸師の湯北に妨げられる。
霧生以外の人間は自決したが、今後の霧生はどうなるのか・・・そこは、読者の想像にお任せで終わっている。


これは、現代の日本の有様なのか。ただただ怖いと思いながらも、憑かれるようにして読んだのであった。

自己実現、自己責任。人との結びつき。深すぎる・・・



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