見出し画像

灸をする(6)

積聚会名誉会長 小林詔司

『積聚会通信』No.11 1999年3月号 掲載

治療というものは単に病を取り除くという、その時の行為だけを指すのではなく、病んでいる人の生活にも目を配り、適当な配慮や助言を伴うものである。
 
それがあって初めて治療の効果が十分に発揮出来るというものだ。『養生訓』には次のように、灸をした後の食生活についての注意がある。
 
「灸後、淡食して血気和平に流行しやすからしむ」(巻第八、40節)
 
この意味は、灸をしてもらった後は体に負担になる食事をしてはいけない。体に負担になる食事をとると灸をして巡り始めた気や血の流れがスムーズにいかなくなるから、淡食すなわちさっぱりしたものが良い、ということだ。
 
これは非常に大切なことで、灸という言葉に鍼を重ねても同じことがいえる。
 
鍼灸治療というものは、簡単にいえば患者さんの持っている生命力を最大限発揮させることが視野に入っていなければ十分な効果を上げることができない。
 
外科の手術が、病巣を取り去ったり傷害部の処置をしないと病人の生命力が発揮されない、としているのとは対照的である。
 
灸の後は身体の血気の巡りが推進されるが、それを止めるような食事の摂り方はいけない、さらにいえば淡食を摂れば血気の巡りはさらに一層促される、というわけである。
 
食事の摂り方についてはさらに言葉を続ける。まず「厚味を食べ過ぎてはいけない」という。淡食に対して厚味と表現しているもので、厚味は味の濃いものの意味である。厚味がいけないのは、この消化には身体の負担が大きいから、それだけ血気の流行妨げられるから、という埋由であろう。
 
さらに「大食してはいけない」という。食べ過ぎないようにという注意である。これも同じように消化に負担がかかれば血気は消耗するということからである。
 
また酒についても注意があり、「大いに酔うべからず」という。酒の適量は非常に難しい問題だが、飲み過ぎると身体に必要以上に熱量が篭もり、過度に身体が高揚してかえって体力が消耗するからよくないと考えるとよい。単に肝臓だけの問題ではないことに注意すべきである。
 
その他に禁止するものとして、「熱い麺類、生もの、冷たいもの、冷や酒、風を動かす物、消化しにくい肉類をあげている。
 
まとめていえば身体に負担のかかるような食事の内容と量、また冷えたものはいけないといっていることになる。風を動かす物については風疾に障るものという解釈があるが、具体的なものとなるとはっきりしない。
 
灸をするということは身体に熱を補うことであり、身体がその熱を十分に吸収して身体のものとするまでしばらく余計な負担を外から与えてはいけない、という。
 
あるいは身体がその熱を十分に吸収できるような食の摂り方ならばよろしい、さらにそのような食事を摂るほうが良いとも理解できる。
 
往々にして灸に限らず治療を受けた後は身体が非常に軽くなり、時には非常に胃が軽くなって空腹感を覚えるものだ。このときの食事の摂り方が難しく、ややもすると食べ過ぎる傾向にあることも確かである。