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助産と鍼灸(12)

風の子堂鍼灸院 中谷 哲

『積聚会通信』No.13 1999年5月号 掲載

人の育ちの良さを言う時にサラブレッドに例えることがある。「血統が良い」という言葉もよく使われる。今回は何気なく使われているこれらの言葉の裏側にある問題にスポットを当てて「優生思想」というものについて考えてみようと思う。
 
今まで取り上げてきた障害児を選別する問題の根底にある、避けては通れない思想が私たちの中にひっそりと存在している、そんな話だ。
 
確か1、2年ほど前の総理府の調査にこんなものがあった。中年の方に自分の子供の結婚に関して相手の血すじが問題になるか、という問いに対して6割くらいの人が問題になると答えていた。血すじという言葉をそれぞれがどうとらえているか、かなり幅広いものになるだろうが、とにかく私の想像よりもはるかに多くの人がそのことにこだわっていることがわかる。ほとんどの人が優生思想などまったく意識せずに答えているのだろうし、そんなつもりもないのが本当のところだろう。けれども血にこだわるそんな一見何でもなさそうな考え方が優生思想を支えているといったらどうであろう。
 
では優生思想とはいったいどんなものなのだろうか、その輪郭を追ってみることにした。
 
医学辞典では次のように始まる。「個体のたいていの形質は遺伝子と環境との相互作用によって決定されている。」一見して難しい言葉で、ここで断念しそうになるがもう少し我慢して読んでいくと、こういうことだ。子供が今の姿になったのは親からの遺伝と昔段の生活環境によるもので、そのどちらかの要因を変えることができれば、知能や運動能力といったものが変化するのではないかと考えられる。そこで遺伝的な変化によって集団の改良を目指したのが優生学である。また環境を変えることによって改良を目指していく考え方もある。これを優形学(優境学)という。
 
優生学を実際に利用したわかりやすい例として家畜の選択的育種(たくさん乳を出す牛や速く走る馬同士をかけ合わせて子供をつくること)がある。この家畜の結果から、多くの優生学者は人類の集団も選択すればすぐに望ましい集団に変えられると考えた。ここから問題が生じたのである。
 
優生学を用いて優れた人類を作り出すという問題は、現在、かつての想像以上に複雑なものであると考えられている。
 
過去に人類はこのことについて多くの失敗を重ねてきた。ナチスドイツは「消毒」という呼び名で多く障害者の命を奪った。日本でもライ病(現ハンセン病)患者の生殖能力を奪い、患者の存在を消滅させようとした。つい1年程前の新聞にも「優生保護法」(現在母性保護法に改名)のもとに「優生手術」と称して、障害のある人に生殖を不能にする手術がいまだに行われていると報道された。
 
また最近の新聞によく登場する「胎児条項」は胎児を母体内で選別するというもので、これを実施するにあたっては様々な理由が語られている。しかしその裏に見え隠れする「優生思想」を完全に覆い隠すことはできない。
 
実はこの問題は過去の話ではなく現在も続いている問題であることを認識しておかなければならない。