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助産と鍼灸(10)

風の子堂鍼灸院 中谷 哲

『積聚会通信』No.11 1999年3月号 掲載

前回に続き、テーマは出生前診断。今、私たち人間は30人に1人が遺伝子に関する病気をもって生まれてくる。この事をどう考えたらいいのだろうか。
 
ある遺伝性の障害者は、遺伝子の変異は、生物として当然あるもので、今、遺伝病と呼ばれているものは、将来人類が進化していく過程として必要なものであるという。
 
私たちの星の生命は、様々な試行錯誤を繰り返してようやく今の姿になったのではないだろうか。この問題は限られた当事者だけの問題ではなく、大きくは生命の発生という宇宙的な視野が必要とされている。
 
さて現在、イギリスでは出生前診断をほぼ全員の妊婦が行う。しかも、費用は行政が負担している。イギリスが公的費用で行うようになった背景には、ある社会学者の意見があった。そのデータによれば、胎児のときに1人の障害児がいなくなれば、祉会的出費が2400万円少なくなるというものであった。
 
診断は個人の選択によるものではなく、重大な障害を減らすためにやっているのである。このように行政システムの中で、この医療を行うことを、マススクリーン(ふるいわけ)という。
 
今、このマススクリーンが可能なのは、神経管不全とダウン症だけである。
 
神経管不全は、脳におきれば水頭症・無脳症になり、背中でおきれば二分脊椎症になる。1960年代二分脊椎症は積極的に生かす努力をすべきと手術が行われ、研究も進み命が救われる子供がふえた。しかし手術が行われても、重い障害が残ることもあるし、死ぬこともある。次第に治療にあたっていた医師の中から治療すべき子供と、しない方がいい子供を区別すべきだという意見が出てきた。尊厳ある生き方をするには、治療をせずに死を待つほうがいい場合もあると。
 
そんな中、胎児の段階で二分脊椎症であるかどうかを見分ける方法が発見された。
 
妊婦の血液中のAFP(アルファ・フェド・プロテイン)が高いと二分脊椎症の可能性があることが発見され、その後に、AFPの数値が低いとダウン症の遺伝子を持つ子供である可能性があることがわかった。
 
イギリスのエジンバラでは、風土的に二分脊椎症の人が多く、1976年には年間500人の二分脊椎症の子供が生まれていた。78年に入るとスコットランド全域で出生前診断が行われるようになり、その結果、96年になると生まれたのはわずか2人となっていた。
 
二分脊椎症で生まれ、手術により命を救われて、現在車椅子で生活をしている40才代の女性は、「私は20年後に生まれていれば殺されていた。」「手術により救われた二分脊椎症の人は、今その専門医が減ってとても困っている。」と語る。
 
二分脊椎症で生まれる子供がいなくなったので、その専門医もいなくなったのである。
 
96年にあえて二分脊椎症の子供を産んだ両親は、なぜ、生んだのかという世間の目と、専門医がいないという悩みを抱えている。殺す技術にお金とエネルギーがそそがれ、生かす技術か廃れていくのである。
 
イギリスでは胎児に異常があれば臨月まで中絶が認められる。中絶した人へのカウンセリングには、年7000件以上の相談がもち込まれる。(つづく)