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灸をする(10)

積聚会名誉会長 小林詔司

『積聚会通信』No.15 1999年11月号 掲載

『養生訓』の巻八の灸法には、ただ1編のみ小児について書かれでいる。そこではまず『千金方』から、「生まれてまもないとき病気がないのに鍼灸をしてはいけない、灸をすれば癇になるからだ」を引用している。
 
これは同書の「巻五上 少小嬰孺方」の一節であるが、乳児はそもそも母体から免疫力を受けて出生するもので、いたずらに灸などをすれば小児の成長の均衡を破ることになるから良くない、と理解できる。
 
もっとも母乳免疫は今の医学的な見方からいえば、はしかと疱瘡に限ってのみ半年間効果のあるもので、その他の病気についてはこの限りではない。
 
癇という状態は、以前は(昭和の30年代頃まで)「癇の虫」と表現されてよく使われていたが、症状は、夜泣きがひどい、時に熱を出し引きつける(痙攣する)などのものを指していた。『養生訓』では驚風としているが、強いものは今のてんかんであり、脳膜炎のようなものである。
 
昨年(12月16日)テレビのアニメを見ていた子供が光過敏性発作といわれる症状になりポケモン発作と名付けられて話題になったが、これもひどい癇の虫である。
 
この癇の治療に身柱や天枢を使うという。
 
艾炷の大きさは小麦ほど、小児が熱がるようであればむりにせず、すぐ艾を取る、としている。
 
小麦という表現は米粒大より小さいことと理解できるが、これを透熱灸とするかどうかでその熱さは違ってくる。
 
小児は元来気力が充実しているから、熱さを無理に我慢させるとかえって驚癇が強くなるとしていることから、小麦大でもどの程度透熱灸としたかどうか疑問である。
 
最近は、残念なことに家庭で小児に灸をすることはほとんど見られない。灸どころか艾すら目にすることとはなくなってきた。
 
さて兄弟姉妹が少なく1人っ子が目立つ家庭環境とか甘いものを始めとして食べるものがふんだんにある食生活を考えると、都会生活が進めば進むほどのぼせ易い子供はますます多くなるに違いない。
 
これは身体を使うことの少ない生活習慣になりつつあるということである。
 
そのような小児にはのぼせを下げる方法として灸が確かに効果的であるが、簡便な方法として母指か母趾の井穴に糸状灸を1~2壮することを勧める。井穴は左右どちらでもいいし、内側外側を問わない。
 
夜泣きの小児などこれが一番であるが、最近ではもし引きつければ救急車ということになるのだろう。
 
これが有効な理由は頭部に昇っている気を下げることであるが、そのような理由から身柱や天枢ももちろん意味がある。
 
身柱は「ちりけ」と以前は言ったもので、「ちりけの灸」とは、おそらく「散り気の灸」であろうと解釈出来る。
 
しかし簡便さ、穴の分かりやすさと即効性からいえば、井穴に勝るものはない。