TORIENAインタビュー 「音楽は天命」――10年の活動でさらに自由を獲得したサウンドクリエイターの今
女性のトラックメイカーを紹介する本インタビュー企画。前回お話を伺ったuyuniが「昔から好き」とラブコールを贈っていたのが、この道10年選手のTORIENAである。デビューは2012年、その間リリースしたアルバムは実に8枚。私立恵比寿中学はじめ様々なアーティストやアニメ、ゲームへの楽曲提供も幅広く行っており、数少ない女性のトラックメイカーの中でも最も息長く活躍しているひとりである。TORIENAはデビュー直後からチップチューン界の若き旗手として注目を浴び、当時盛り上がっていたシーンの代表的な存在にまで昇りつめた。TORIENAといえばチップチューン、もしかしたら今でもそう思っている人は少なくないかもしれない。しかし、最新作『RAW』を聴いてみてほしい。そこには、音源チップを元に限られた音環境の中で創意工夫を重ねていたトラックメイカーがいよいよ自由を手にし、イマジネーションと感情の赴くまま音世界を生み出していくような狂熱が沸々としている。特定の音楽ジャンルにベットしたアーティストが、その殻を抜け出し、世間につけられたラベルを剥がしながら変化を遂げていくというのはそう簡単なことではない。10年も活動を続けている彼女のような存在であればなおさらである。一体、TORIENAはどうやってこの境地にたどり着いたのか? チップチューンへの愛と悩み、そこから脱するためにもがいた苦しみ。時代の荒波を超えて今また最前線をひた走る、彼女の知られざる本音を探ってみた。
「テクノに出会って、隕石が落ちてきた」
音楽制作を始めたのにはどういった背景があったのでしょうか。
高校三年生の時にたまたま行ったクラブイベントで、テクノの音を大きいスピーカーで聴いて衝撃を受けてしまって。もともとそういう音楽は好きだったんですが、「自分でも作りたい!」とそこで思って、アルバイトして貯金を始めました。その後大学一年の時に、貯まったお金でDTM機材を買い揃えてCubaseを使って曲を作り始めました。その時は人に聴かせることは考えていなくて、ただただテクノを作りたいという気持ちだけでやっていましたね。そうしているうちにゲームボーイで曲を作るということを友達に教えてもらって、面白いなと思って本格的に制作を始めたんです。
最初の衝撃はテクノで、機材を触り、曲作りを始めてから、その後にゲームボーイと出会ったんですね。
そうなんですよ。よく「ゲーム好きなんですか?」と訊かれたりもするんですけど、実は私はそんなにゲームは多くやるほうじゃなくて。
テクノというと、具体的に最初はどういった音を制作されていたんですか?
当時は、ハードミニマルやWarp Records系の音にハマっていたんですよ。DJ/トラックメイカーで言うと、The AdventやLuke Vibert、あとAlva Notoもすごく好きでしたね。そういうこともあって、作っていたのもプリミティブな電子音にビートは四つ打ちになっていて、踊りたくなるテクノでした。
最初は音を作ることがとにかく難しかったです。シンセのLFOとかオシレーターとかが全然わからなくて。今だったらカッコいい音色がすでにプリセットであるけど、当時はまだそういうのも少なかったし、とにかく専門用語も多いしで、よくわからなかった。DTMも、自分はCubaseしか触ったことがないのでそれに限った話になってしまいますが、今はサンプラートラックでサンプルを「弾く」ことができるじゃないですか(編註:取り込んだサンプル音源を自動で各音階に変換し、各鍵盤に割り当てる機能がバージョン9.0より搭載)。当時はまだCubaseのバージョンが6.0とかで、試しにサンプル音源を読み込んで鳴らしてみる、ということもできなかったし、すごく苦労したんですよ。
参考にしたサイトや書籍はありましたか?
私、説明書を読まないタイプなんですよね。それっぽいブログとかを探してちょっとだけ見たりはしてましたけど、後はもう自分で機材を触りながら手探りでやっていました。「音出ないな……あ、ここ触ったら出た」みたいな(笑)。キックとスネアでリズムを簡単にループさせて音を組み、声のサンプル音源を切り貼りして、サイン波のベースを鳴らしてコピペで並べるだけで満足していましたね。「カットアップ」というと素敵ですけど、そんなに大層なものではなかった。
手探りでそれをやっていくのはかなり大変な作業です。探求心と粘り強さを支えていた熱量は何だったんでしょうか。
やっぱり初めて行ったクラブイベントででっかい音でテクノを聴いた体験が衝撃的すぎて。今思えば恥ずかしいんですけど、「私はこれをやるために生まれてきたんだ」って思ったんです。それくらい凄い体験だった。それまでの人生が辛かったし面白くなかったんですよね。でもそこでテクノに出会って、隕石が落ちてきた。
曲を作り始めて間もない2012年に、チップチューンの《Blip Festival》というイベントに出た時にも同じような衝撃的な体験をしたんです。自分の曲を流しながら、時間が止まって目の前が真っ白になって……30分が一瞬で終わっちゃう、みたいな。あの気持ちよさをもっと感じたい、というのがモチベーションとしてあります。
クラブの場で大音量で重低音を浴びるという体験は、得がたいものとしてありますよね。チップチューンのサウンドでも、テクノに感じたような同様の快感はありましたか?
ヘッドホンで聴いてもあまりわからないんですけど、実は実機から出るゲーム音ってめちゃくちゃ低音が鳴るんですよ。PCでシミュレートしていない、直接出ている生の音だから、すごく説得力のあるサウンドなんです。それで当時は自分でキックとかベースの波形をいじりながら、試行錯誤してオリジナルのTORIENAサウンドを作ってましたね。
当時というのは、大学生の時?
そうです。京都で大学に通っていた時に出入りしていた「cafe la siesta」というカフェバーがチップチューンのコミュニティみたいになっていて。いろんな人と出会って、私の初めてのライブもそこでやりました。
チップチューンの制作についても、そのコミュニティで学んでいったのでしょうか。
制作面に関しては、どちらかというとそれぞれが自分なりにやっていました。各自が音を作って、「かっこいいのができたから聴いてよ」ってお互いに意見をもらったりはしていましたけど。それよりも、学んだのは精神性やアティチュードでしたね。音楽制作を続けていくにあたっての気合いというか。
じゃあ曲作りはご自身で試行錯誤しながら、という感じですね。当時はかなり没頭していた?
いやぁ、もう(曲作りに)メロメロでしたね。音楽のことしか考えられなかった。四六時中ゲームボーイを触っていました。今もそうですけど、その時から週に一曲は必ず作り続けていて。機材も徐々に揃えていって、まずスピーカーを買って次にゲームボーイも改造し始めました。ゲームボーイはヘッドフォンジャックだと良い音が出ないんですよ。なので、分解して直接スピーカーのケーブルをアウトプットジャックにしたり。プロサウンド化って言うんですけど、ずっとそういった試行錯誤を繰り返していました。あと、ゲームボーイはバックライトがついていなくて背面が暗いので、ライブの時に光って見やすいように中にライトを仕込んだりもして。東急ハンズで染料を買ってきて、透明なゲームボーイの外装を鍋で煮て可愛くしたり(笑)。
チップチューンが当時盛り上がっていた背景には、サウンド面でもビジュアル面でもきっとそういったDIYな工夫がたくさんあったんでしょうね。TORIENAさんは京都だったとのことですが、全国のチップチューン・シーンの地域性としては何か傾向があったんですか?
それぞれのカラーがありましたね。東京と京都と福岡が盛り上がっていて、東京は色々な音楽性がミックスされていた。西に行くともうちょっとダンスミュージック然としたチップチューンが多かった印象です。
チップチューンのフェス出演や、音源リリースに関してもかなり早い段階で実現されていました。
EPは大学の頃、2012年に活動を始めて2ヶ月後に出しました。初めてのライブで「音源出したほうがいいよ」って言われて、Vol.4 Recordsというインターネットレーベルにデモを送ったら実現しました。自分はもともと引っ込み思案で目立ちたいタイプじゃないんですけど、周りの方から助言もいただいて、喜んでくれる人がいるならいいかなと思って。
チップチューンのシーンが出来つつあり、その渦中に身を置いて活動される中で、自身の楽曲のサウンド面でのオリジナリティはどこにあると感じていましたか?
元々、絵を描くのが好きだったんですよ。イラストでは水野純子さんの作品が好きで、音楽も水野純子さんの絵に出てきそうなものを作りたいって思っていたんです。
友達もどちらかというとイラストとか映像とかのほうが多かったり、私は無意識に視覚的な部分から影響を受けて音楽を作っていることが多いと思う。もちろんそこに、日々のいろんな出来事から生まれる感情も重なって音楽に投影されているんですけど。結果、その音楽がいつも世間とちょっとズレてるんですよね。「ロックを作ってください」って言われても必ずTORIENA味が出ちゃって、ど真ん中から少しだけ何か違うモノが出来上がる。
なるほど、主に視覚から影響を受けるタイプなんですね。確かに、最近は音源のアートワークもご自身で制作されています。
そうなんです。今はもう全部自分で作っています。
「自分が大切にしているもので、自分が高揚しないといけない」
そうやってオリジナリティを発揮し、音源もペース良くリリースする中で、次第にチップチューンのシーンで名前が定着していきました。「TORIENAと言えばチップチューン」というイメージが出来上がっていった。でも、TORIENAさんの活動がさらに面白くなるのはその後ですよね。2016年の『FAKEBIT』から変化の兆しが見え始めます。
ありがたいことではあるんですけど、当時「チップチューン・ガール」として名前が広がっていったんです。ただ、自分は元々テクノがやりたくて音楽を始めたわけですよ。ゲームボーイの音にミニマルテクノっぽいサウンドの面白さを感じて使っていた。つまり、ゲームボーイは私にとっては手段だったんです。
でも、インタビューでも作品そのものよりゲームボーイに関する質問とかが多くなって。「ゲーム女子」みたいな扱いも受け始めたんですけど、私はそんなにゲームは詳しくないしインフルエンサーやタレントになりたいわけでもなく、ただただテクノをやりたいだけなんです。同時に、そういう扱いをされ始めていたから「チップチューンのコアな人たちはTORIENAに対してニワカな印象を持ち始めているんだろうな」ということも考えたり。というのも、チップチューンには、シンセでシミュレーションしてピコピコ音を作ることを「フェイクビット」と揶揄する人たちもいるわけです。そういうことが重なって、同時期に私は他のジャンルのイベントにも出るようになっていたから、可能性が広がるなら別にひとつのやり方にこだわる必要はないや、と思えるようになってきた。そこで『FAKEBIT』を出したんです。
揶揄の対象であった「フェイクビット」をそのままアルバムタイトルにするところにTORIENAさんの批評性を感じますね。でも、不安もかなり大きかったのではないでしょうか。チップチューンをやり続ければある程度はリスナー数も見込める。でもそこに安住せずに新しい音楽をやるというのは、なかなか簡単なことではない。
かなり悩みました。考えすぎて、「自分がゲームボーイを持って音楽をやってるからみんな聴いてくれているだけじゃないのか」って卑屈になったりもしましたね。でも原点に立ち返って考えると、やっぱり目的と手段が逆転しているんじゃないか、と気づいたんです。もともとは、自分はテクノに衝撃を受けて「テクノをやるために生まれてきた」とまで思っていた。結局、その初期衝動を忘れたらいけないんですよ。自分が大切にしているもので、自分が高揚しないといけないんだと。もちろんファンのことを考えるのは大事だけど、考えすぎて自分を見失ったら意味がない。でも相当悩んだし、作品を聴いたらわかると思いますけど、探りながら変化している感じが出ていますよね。
『FAKEBIT』は、「変わろう」という意志を非常に強く感じます。
うん、それも自分の人生の一部ですよね。人のせいにはしたくないんですけど、当時は周囲ともあまりうまくいっていなかったのかもしれないです。歌が入ってないテクノは(世間に)ウケない、みたいな価値観が周りにある中で、音楽性についての意見も周りとなかなか合わなくて。
歌が入り、制作アプローチもかなり変わったんじゃないでしょうか。
この作品からひさしぶりにCubaseを使い始めたんですけど、やっぱり使う脳が違うんですよね。チップチューンは、ディレイとかリバーブとか空間系の概念がない。それっぽく聴かせるために左右に素早くパンニングさせて響いているかのような音を演出したり、同じ音をボリュームを小さくしながら高速で鳴らしたり、疑似的にリバーブが効いている風の音を作るんですよ。そういうことをずっとやっていたので、今度はやれることが多すぎて困りました。
あと、チップチューンの時はコードの概念がなかったんですよね。私は同時発音数が4という条件の中で作っていたんですけど、アルペジオでコード感を出したり2音でハモらせたりするくらいのことしかできなかったんです。なので、そこでようやく音楽的な知識や理論について勉強しました。
「流行りも大事だけど、自分の好きなことを自分が一番大事に」
制約がない分、やれる幅が広がって学ぶことも増えたと。そうやって音楽性を変化させつつ、2020年リリースの『PURE FIRE』以降は『TORIENA makes me smile』(2021年)、『RAW』(2022年)と目を見張るような快作が続いています。もう自分のやりたい音楽を好きなように作るんだという清々しさを感じるし、とにかく作品にそういった勢いがみなぎっている。
2019年くらいに免疫疾患の難病になってしまったんです。それでメンタル的にもかなり荒んでしまった。自分のやりたい音楽にも振り切れないまま、検査入院とかして極限状態に追い込まれたんですよね。でも、病と闘いながらも「あぁ、私ってやっぱり音楽が好きなんだよな、音楽したいな……」って思うじゃないですか。そこでそれまで所属していた事務所からも独立したんですよ。「もう自分のやりたいことをやり切るんだ、これで伝わらないなら死んでやる!」って思って『PURE FIRE』を作った。「Break Me Down」とか、それがもう如実に出てますよね(笑)。
「Break Me Down」ミュージックビデオ
キャリアが長くなればなるほど、「今が一番かっこいい」と皆が認めるアーティストでいることは難しくなってきます。でも、TORIENAさんの音楽は間違いなく今が一番かっこいいのではないでしょうか。しかも自分のやりたい音楽を突き詰めた結果、一周か二周まわって、最新のエレクトロニックな音楽の時流とも接近している気がします。
私って元々オタク気質なんですよ。昔はそれがバレないように気をつけていたけど、今はもう同じようなオタク気質の人たちが堂々と曲を作って活躍されたりしている。もしかしたらそういった時流の変化もあるのかもしれないですね。個人的にも、昔よりも周囲だったりトレンドだったりを全然気にしなくなりました。前は、もうちょっとカッコつけてポーズをとっていた。やっぱりね、人間素直に生きた方がいいですよ(笑)。今はもうとにかくクラブで踊れる、感情的なダンスミュージックをやりたいように作っていますね。
近作ではトランスにも接近した凶暴な音になってきています。
いわゆるベルファーレとかデステクノとか、ああいった音は好きなので。チップチューンを好きになった理由ともつながるかもしれないですけど、メロディがちゃんとある音楽が好みなんですよ。
幅広いジャンルのライブイベントにも精力的に出演されていますね。体調も落ち着かれてきたんでしょうか?
確定診断まで時間がかかる病気で、脳梗塞かもしれないって言われて薬も飲んでたんですけどなかなか効かなくて。結局、多発性硬化症っていう病気だったんです。病名がはっきりしたのでちゃんとそれに合った自己注射を打つようになったら再発しなくなった。今はもう大丈夫です。
それは本当に良かったですね……! 駆け足でデビュー以来の活動を振り返ってきたわけですが、山あり谷ありで。それでもやはり10年続けているという持続力は凄い。長きに渡り音楽制作を続けていく上で、TORIENAさんが大切だと思うことは何でしょうか。
周りを気にしないことかな。悩むのって、人と比べた時や批判された時じゃないですか。もう、そういうのは気にしないのが一番(笑)。流行りも大事だけど、自分の好きなことを一番大事にしたほうがいい。本当にそうですよね。でもわかっていても比べちゃう時は比べちゃうし、難しいですよね。
TORIENAさんもその境地に辿り着くまでにいろんな苦労を経験されたかと思います。
そりゃあもう、枕を濡らした日もありますよね。でも、比べることでやる気が出る場合はいいけど、ほとんどが精神的に良い方向には働かないから。自分がリスナーだったとしても、周りを見ずに突き進んでいるアーティストの方がかっこいいと思うし。
「音楽が『もっと私を見て』って言ってる」
TORIENAさんに憧れて今からDTMを始めようという方に対して、何かアドバイスするとしたらどのようなことを伝えますか?
とにかくまずは一小節、ループを作る。そして自分のループで踊ってみる。最初は100パーセントを目指さなくていいから作ってみることが大事。
TORIENAさんも自分の曲で踊っている?
もちろん! そのために作っています(笑)。自分が楽しくないと周りも楽しくない。自分の音楽の最初のお客さんは自分。だから、自分が楽しむためにまず作ってみること。
ちなみに、女性のトラックメイカーがまだまだ少ない中で、実際に現場で活動されていてその理由を実感することはありますか?
精神面ですかね。やっぱりメンタルが骨太じゃないとやっていけないかも。男の子ばっかりの現場だと馴染めないことも多いし。でも、私は元々あまり気にしないタイプなんですよ。人にそうやっていじられたりしても、別に自分は音楽好きだからやってるだけだし、って。高校生の時に行ったクラブでテクノを聴いて天命を感じたから、私は音楽を作るのをやめたら死んじゃうって信じてる。私が私じゃなくなるんです。だから、誰に何を言われても辞めるもんか、って思う。音楽が「もっと私を見て」って言ってるんですよ。だったら見てあげないと音楽が可哀想じゃないですか。
だいたいこういったインタビューの最後は今後の展望について訊くんですけど、もうTORIENAさんはこのままやりたい方向に向かって突き進んでいくんだろうなと思います。お話を伺って清々しい気持ちになりましたし、元気が沸いてきました。本当にありがとうございます。
こちらこそありがとうございます。やりたい音楽もまた変わっていくだろうし、最後死ぬ時に「今まで作った音楽全てが私の作品です」と言えるようになるんだと思う。楽しみながら、作り続けます。
まさに人生を懸けた芸術創作ですね。今後も楽しみに追いかけ続けます。本日はありがとうございました。
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