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みんな一人じゃない 映画【ディア・エヴァン・ハンセン】感想

トニー賞で6部門を受賞した大人気ミュージカルの映画化。そして主人公はブロードウェイ版で初代主人公を演じた役者さんということで、見る前から歌をとても楽しみにしていた。

結果として、期待以上のミュージカル映画だった。主人公エヴァン役のベン・プラットさんの歌声が特に圧巻で、歌いだし三秒で涙が溢れそうになった。喉の奥から音と感情を一緒に吐き出しているみたいで、心に響く歌声。

また、この映画の歌は登場人物たちの繊細な感情の変化を伝える役割が多く、役者さんたちの演技に驚かされた。特に、主人公が初めて嘘の思い出をコナーの家族に話すシーン。

最初は噓をつくつもりはなかったし、緊張でうまく話すこともできなかったエヴァン。けれど、息子の死を悲しむ家族の話に流されていくうちに、思いやりの嘘をつき始めていく。

あくまで、「これ以上家族を悲しませたくない」という気持ちでつき始めた嘘だったけれど、続けるうちに、自分の悲しい過去がありもしないコナーとの楽しい思い出に塗り替えられていく。そして優しい嘘は、自分の願望へと少しづつ変化していく。

最後までみればわかるが、エヴァンも自分が嘘をついていて、それは許されることではないと理解している。それでも、空想でもいいから救われたかった。それほどまでにエヴァンは苦しかった。だから話しているうちにだんだん楽しくなって、止まらなくなって。

こういったエヴァンの細かい感情が、説明がなくてもリアルタイムで伝わってくる演技。これを歌でやっているのがものすごいと思った。


ストーリーはそれぞれのキャラクターが、それぞれの立場でコナーの死を苦しんだり、悲しんだり、悲しめない自分とそれを否定する社会の常識に苦しんだり。

それらの人たちが主人公がついた嘘に救われていく。自分の嘘で喜ぶ人を見るたびに、エヴァンは苦しみ、追い込まれていく。けれどそれと同時に、彼が手に入れた新しい日常は魅力的だった。

周りに人が集まり、好きだった女の子にも好かれて、自分は一人じゃないのだと感じる。

けれど、偽りの日常は長くは続かなかった。

幸せな日常を支えていた嘘がばれてしまい、コナーの家族を苦しめ、罪悪感を感じる。彼はもう一度飛び降り自殺をしようとする。けれど、できなかった。

嘘をつくことで始まった幸せだけど、手に入れた新しい日常の中で、彼は「コナーの友達だ」ということ以外、嘘をついてはいなかった。ありのままの自分に友達ができて、血のつながりがなくても息子だと言ってくれる人もできた。

自分がついた嘘が、今まで気づくことのできなかった本当の自分の、幸せな暮らしを教えてくれた。変わることができたから、飛び降りることができなかった。

そしてお母さんとの会話。初めて正面から向き合った母は、自分が思っていたよりもずっといい親だった。自分が起こしてしまった過ちを、肯定も否定もせず、一緒に乗り越えると言ってくれた。

エヴァンは一人じゃなかった。勝手に決めつけ、自らの意思で外の世界との間に窓を作り、閉じこもっていた。誰にも気づかれず、一人で死のうとした。周りに目を向ければ、たくさんの人がエヴァンのことを思ってくれるのに。


周りに目を向けられず、心を閉ざし、一人死んでいってしまったコナー。そのコナーの死のおかげで大切なことに気づき、自殺をとどまることができたエヴァン。

コナープロジェクト。みんな一人じゃない。
コナーの死とエヴァンの嘘が、多くの人の命を救った。


登場人物たちのそれぞれの感情がひしひしと伝わってきて、いい意味で見ていて疲れる映画だった。誰に感情移入するかで感じ方も変わってくるのだろうと思う。

本当にいい映画だったので、ぜひ劇場でご覧ください。


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