会社員はダサいから、就活をしなかった。
会社員ってダサい。
ずっとそう思っていた。もしかしたら今でも思っているのかもしれない。
小さい頃からずっと、父親の様になりたくないって思っていた。
朝早くに母親に叩き起こされる。ワイシャツと下着だけの格好で朝食をもそもそと食べる。歯を磨いて、デカい声でえずく。眠そうな目を擦って、早朝に家を出ていく。
父親は、会社からよく電話がかかってくることがあった。その時だけは明るい声でハキハキ喋って、相手から見えるはずもないのにペコペコお辞儀をしていた。
ダサいなって、思った。
こんなふうにはなりたくないなと思った。
僕は小学生の頃、将来の夢のところに小説家って書いた。
「将来の夢はサラリーマンです」って声高々に宣言する友人を鼻で笑った。会社員なんて、夢を叶えられなかった人が仕方なくなるんだよ。
そう思っていた。
僕は、就活もしなかった。
比較的賢い大学だったから、周りの友人たちはみんな有名な会社に入っていったけど。その会社に入れた人は、世間でいうところの勝ち組らしいのだけれど。
バカバカしかったのだ。
なりたくもない会社員になるために、嘘偽りの志望動機を並べて、嘘偽りの自分を演じるのが。
気に食わなかったのだ。
たいして偉くもない人間が、採用”する”側だからという理由だけで偉そうに自分を評価しようとしてくるのが。
「そんなもんだよ。」と友人は言った。
「ちょっと我慢したらさ、40なる頃には年収1000万が確約されてるんだから。」
友人のことは好きだった。でも共感はできなかった。
会社の歯車として、死ぬまで働かされるくらいなら、年収1000万なんて、いらない。
そんなにお金を稼いで使う暇もなく死んでいく人生。何が楽しいの?
いずれ結婚して、子供が産まれて。奥さんと子供のために命削ってせっせと働く。家族のためにどれだけ頑張っても特に何かいいことがあるわけでもなく、やがて奥さんには「はよ死んでくれ。」と言われて、子供からは気持ち悪いと思われる人生。
そんな惨めな人生だったら、僕はいらない。
結局僕は、どこにも就職することなく、大学を卒業した。
当時付き合っていた彼女の家に居候をして、彼女に借金をして、バイトをして食いつないだ。
小説家になることを夢見ていた。
ただひたすらに文を書き続ければ、いつかは上手くいくと思っていた。
借りた金は、小説家になって成功した、その時に返せばいいと思っていた。
ただ、書き続けた。
今はまだ、自分の才能が世に知られていないだけ。
そう自分に言い聞かせて。
ただ、書き続けた。
就職していった友人たちの楽しそうな焚き火のストーリーに、自分が嫉妬していることに、気づかないふりをして。
ただ。
ただ。
書き続けた。
大量の原稿用紙と、大量のインクを消費した。
一年が経って、彼女への借金がちょうど30万になった時。
僕は家を追い出された。
僕の中でプツリと何かが切れる音がした。
何もかもがどうでも良くなってしまった。
僕は家を失った。優しかった彼女を失った。確約されてた年収1000万のチケットも失った。
山積みになった原稿用紙を見て、僕は泣いた。
僕は、あれほどまでに見下していた会社員を本気で羨ましく思った。
ブラックだよなんて笑いながら酒を飲む人間を。満員電車で憂鬱そうに揺られる人間を。終電で帰ってきて、駅前の牛丼チェーン店で、牛丼に卵をかけて一気にかきこむ人間を。
本気で羨ましく思った。
僕は藁にもすがる思いで片っ端から会社に電話をかけまくった。
そのうちの一社が、奇跡的に僕を歓迎してくれた。
小さなスタートアップの会社だった。
そこにいる人間は、僕の知っている会社員とは何かが違った。
そこにいる人間は、本気で今を生きていた。
各々が夢を必死に追いかけて。
努力を簡単に裏切るこの世界に。
本気で挑戦していた。
「小説家になりたいんだ。いいじゃん。」
会社の先輩はこういった。
「私もね、小説家になりたかったの。でも、すぐにはなれなかった。だからね。こうやって目の前の仕事に本気で向き合って、たくさん経験積んで、それを小説で書こうと思ってる。人よりも頑張ったら、そのぶん、いいものが書けそうな気がするでしょ?」
休日とかに、今でも文章書いてるんだ。恥ずかしいから探さないでね。と先輩は笑った。
会社員はダサいかもしれない。
カッコ悪いかもしれない。
それでも今を必死に。
満員電車とか。朝の眠気とか。理不尽な人間とか。そういったどうしようもなく嫌なものから必死に堪えて。
叶うかどうかもわからない夢に向かって。
本気で目の前の仕事に向き合う人間がいる。
今日も僕たちは、
今日に挑戦する。
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