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情報

ここ最近、とはいっても百年程度の期間。
我々人類は飛躍的な技術革新を行ってきた。

例を挙げるならば、航空機。
誰もが一度は名を耳にした事があるであろう、アメリカのライト兄弟。
初飛行は1903年といわれているが、ここから現在の操縦桿を使用して機のコントロールを行う方式に変遷したのはライト兄弟の初飛行から僅か5年程度経った頃である。
そして10年ほど経つとドイツでは金属製の飛行機が作られるようになり、20年も経てば飛行機はたちまち旅客機として用いられるほどに進化する。
1939年には、更に技術が進み、ジェットエンジンを搭載した飛行機が誕生する。
この間僅か30年余り。
そこから戦争などを経て、人類は驚く程の速さで技術革新を進め、今日に至るというわけだ。

──と、いわば我々人類は日々研究を重ね、新しいものを造り続け、より豊かな生活を送れるようになった。

人々は情報を常に取り入れてきた。

日本でいえば、江戸時代には瓦版というものがあった。
新聞の前史であり、瓦版も新聞と同じように時事性に富み、かつ速報性も高いニュースや出来事を報じるものであった。
大政奉還による江戸時代の終焉の後、僅か3年ほどで新聞の歴史は始まる。

現代人には馴染みが薄いかもしれないがラジオも同様だ。
ラジオ放送の開始は約100年前の1925年。
当時は大変に高価ながらも、人々は自分の家でもあらゆる情報を受け取れるようになった。

モノクロTVが登場し、やがてカラーTVが普及し、携帯電話が発明され、スマートフォンが登場し、いまや幅広い年齢層で1人1台持つのが当たり前。
さまざまな情報を手に入れるのも容易くなり、日々世界のどこかで起こる実に色々な事柄を流し見するように取り入れられる。

それでも飽き足らず、人々は新しい情報を求め続ける。
政治のニュース、芸能界のゴシップネタ、スポーツに関する情報、毎日のお昼に流される長ったらしいワイドショー。

私たちは情報を"食べて"過ごしている。
五感を使って得られる膨大な情報は視覚からのものが大半を占めるとされ、得た情報は脳が必要と判断すれば記憶され、不要だと判断されればやがて忘却する。
誰にとっても切っても切り離せないもの。それが情報であり、不可欠でもある。

答えの出ない問題や考えを巡らせる程に、脳の処理速度が落ちていく。
今夜は眠るとしよう。
無意識の自分に、情報を整理してもらうとするか。

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