充電
そう遠くない未来。
科学が、技術が、進歩し続けた未来。
もはやその頃の人々は自らの肉体で生きることをやめていた。
機械の身体だ。そのコアにあたる部分には、その人が自らの肉体を持っていた時の脳機能がそのまま移植されている。思考はその人そのままで、身体は機械となった人々たちが暮らす世界になっていた。
もっとも、成人になって身体を機械化するかどうかの選択肢が与えられるので、学生や、機械化を望まない極小数の人々は生身の身体で生活を送っていた。
半機械化した人々は機械人類と呼称され、また頭脳や思考も機械の力によってあらゆる考えを持てるようになった。
また、そんな世界では争いなど起きることは無かった。無駄なのだ。
とうの昔に機械人類は地球以外の星の開発を進め、居住できるようになってからはいくつかの星に分散して人々は暮らしている。
火星や木星、金星は悪環境ではあるが、機械人類であればその身体を構成する素材さえ耐えられれば怖いものはなかった。
人々は働くことはやめなかったが、以前よりものんびりとした働きぶりになっていた。争いが起きないというのは国家間の戦争だけではなく、いち人々の間でも同じことだった。常に争い、競う社会に人々は疲弊したのだ。
生活の基幹として、朝に家を出て職場に向かい、適当に働き、帰って食事を摂って眠る。
元来機械の身体なので食事は不要だったが、それではつまらないだろうと機械人類が誕生した当初からいわゆる食事と睡眠にあたる欲求は満たせるようになっていたのだ。
といっても眠りについては横になるまでは普通の人間と同じだが、身体にケーブルを挿して暫くの間動くことをしない。身体に入っているバッテリーの充電だ。
凡そ7~8時間ほどで満充電になるのでそのタイミングで自らケーブルを外すのだが、バッテリー残量が無くなると身体の一切の機能がとまり、置物のようになってしまう。誰かに充電してもらわなければ動けないし、人でいうところの意識も止まる。
既に人類の大半が機械人類となったいま、いち個人の死の定義はコアが破損するか、長い間この充電が無く置物と化した状態がそうなのだった。
そう教えられるものであるから、人々は充電を決して忘れないし、また少なくなる人があれば他人から充電を勧められるし、街中には充電できる施設も山のようにある。
もっとも、安楽死に近いが、自らの手でスイッチを押すことで身体をバラバラにしてくれるような施設もあった。
昔あった死刑というようなものに近い、として使う人々はほとんどいなかった。
そんなそう遠くない未来。
日本のとある場所で日々を過ごしているコウキはいい加減に退屈して毎日を過ごしていた。
誕生してから15年ほどが経ち、今は昔で言う学校のような施設で色々な学習を重ねていた。
コウキは若かったが、日々の生活に飽きてきた。
日々見飽きた街並み、景色。
旅行は行ったことはあったが、それよりもさらに胸が躍るような経験をしたかった。
「ぼくたち子供はまだ機械の身体にはなれないが、それはそんなにいいことなのかなあ」
とある休日。コウキはテーマパークへ行った。
子供向けのアトラクションではもはや何も面白くはない。テーマパーク内には機械化した両親と生身の体を持つ子供の家族が多くいる。
コウキは空いていた大観覧車に乗ることにした。
少々並ぶが他のアトラクションよりは待たないだろうと踏み、必要なチケットを購入して列に加わる。
前に並ぶ2人組のカップルも機械人類。後に並ぶ複数人のグループも機械人類だ。生身の身体を持つ人々が機械化した人々に蔑視されるということはなかったが、いま、この並びの列の中で生身の身体なのはコウキと、複数組の家族の中の小さな子供だけだった。
並んでいると空に浮かぶ雲の灰色が濃くなり、日差しが遮られる。
「降らないでくれ」
コウキは雨は嫌いだった。
やがて順が回り、コウキは1人でゴンドラに乗り込む。
ゆっくりと動き出し、段々と高度を上げていくゴンドラの中で何を考え込むわけでもなく、コウキはただぼうっと外を眺めていた。
20分程経っただろうか、ゴンドラがいちばん高い位置まで来ようかとなったそのときだった。
突如雨が降り出し、雷が鳴り始めた。
ゴンドラの窓に強く当たり大きく音を鳴らす滴。遠い場所で雷鳴が聴こえる。
「これじゃ何も見えないじゃないか」
コウキは気分が落ちたが、さらに絶望を味わった。
観覧車に大きい雷が落ちたのだ。
運の悪いことに電気系統がおかしくなったらしい。ゴンドラ内の明かりは消え、運転もまた止まってしまったのだ。
通常観覧車は悪天候では運転をしないのだが、突如として起きた雷雨は想定外で、今ゴンドラに乗っている客を降ろすまでは運転は止められない。
コウキは窓から周りを見渡す。テーマパーク内に人がいる様子は見えない。
他のゴンドラに乗っている人々を見ると、みなが頭を垂れて動いていない。
いくつか後ろに並んでいた家族のゴンドラの中では独り子供が泣いている状況だけが目に見て取れ、両親と思わしき人はまた同じ状況になっていた。
「壊れてしまったのか」
その通りだった。ゴンドラに電気は通らないようになっているが、雷に含まれる電磁波の影響で機械化した人々はコアを破壊されたのだ。
コウキは思い出す。たしか、運転をしていた人も機械だったと。
ゴンドラが動かなくなって数時間。月が昇ってくる時間帯。街並みはいつも通り明かりを灯し始めたが、テーマパークは暗闇に包まれていた。
もはや誰も動いていない。先程の家族連れの子供は眠っているらしい。
雷雨は止んだが、異常に静まり返ったゴンドラ。外。テーマパーク。
「どうしたものかな……」
コウキは半ば諦めたように言い、考えることをやめ、やがて先程の子供と同じように眠りに入った。
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