突然の(体験談)
ぶっ倒れた。
突然の事だった。
ウイルス性胃腸炎。
数時間の間、トイレで嘔吐きと腹痛との格闘の後、倒れ込み、動きの鈍くなった手で119番を押した。
冷汗と動悸が現れ意識も曖昧の中、初めて搬送される側として乗る救急車の隊員は淡々と僕とやり取りをして脈を取り体温を計る。病院へ連絡を取り、少しの間にサイレンを吹鳴させ動き出した。
眠気かも分からない曖昧な意識の中、それ迄の記憶の中では遥か昔、僕の中では家族を看取った時にしか聴いたことのない音──心電図の電子音が、妙に脳に深く焼き付いている。
安定せず、速くなったり遅くなったりを繰り返していた。
やがて車は停車し、バックドアが開く。
金属音を鳴らして自分の横たわるストレッチャーが高さを変え、車を降りて紅くパトランプの光る建物の入口へ入っていく。
素早くストレッチャーから移動され、間もなく検査入院が決まった。
痛みが伴うが為に不評極まりない流行病の検査を行ってから幾許か待ち、寝台に横たわったまま僕は運ばれレントゲンを撮り、CT検査を受け、体重を計る。
自力歩行もままならない中それらを一通り済ませ、点滴を入れられる。脱力したままの僕は身を任せ、介助を得て再び寝台へ戻り、暫く目を瞑った。
救急病棟から病室へ移動してからは点滴が入り、食事を禁じられる。
3日間。日に点滴静注4本。
12~14時間掛けて常に腕から栄養補給を続け、食事は取れない。
水分は取れるのがまだ救いだが、水、茶、スポーツドリンク以外は摂取できない。
初日は苦しさから多くを考える余裕はないが、一転、三日目ともなると脳は働きっぱなしだ。
僕は元来、多く食べる方ではない。
そのため食に対する欲はそれほど大きくなく、かといって性欲も極度に低い自負がある。従って、人間の三大欲求の中では睡眠欲が最も普段は大きく顔を覗かせるのだが。
強制的に1つの欲を遮断されると、反面、その欲が強く出るようにでもなっているのか?
僕は詳しくないので分からないが、食事について考える時間が膨大に増えた。
そもそも、ある程度スマフォなどを触れるようにまで回復し、それでいて眠れもしない入院中の時間など、余って仕方がないのは言うまでもない。
仕事が出来ればいいが、デバイスの持ち合わせがなく何も進められないのだ。
栄養補給は出来ているので食べなくてもいい状況ではあるものの、やはり3日間何も食べていないと、ありふれた栄養補給バーでさえとても魅力的に見え、目の前にあったら齧り付くのを自分でも止められる気がしない。
まるで犬のようにお預けを喰らい続けているような気分そのままである。
僕は煙草を吸うが、喫煙したいという欲は不思議と3日も経てば無くなる。
喫煙者になって日が浅い訳でもないので、半強制的に煙草とも隔離されれば禁煙も容易なのかもしれない。
結局、入院4日目にして軽い食事を提供されたが、やはり普段食べ慣れているものとは違って何より味気がなく、満足度が極度に上がらない。
いや、空腹は満たされるのだが、何ともいえない感情が脳を満たし、腹も満たしているような。
結果、今回の入院において最も苦痛なことは症状ではなく、それでいて意外な事が食についての思考であった。
普段からの行動は、制限されてみてようやく重要な事があることに気づけるのかもしれない。
僕は今の世界での流行病よりも、胃腸炎の方が恐ろしく感じる。
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