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非日常

季節は冬。
午後の授業を終え、帰路へ着く。
高校を出て10分程歩くとある最寄り駅には、ホームが高い位置にあるせいで改札に辿り着くまでに存在する一際目立つ長いエスカレーターがある。
ブレザーを着込み、マフラーを巻いて歩く僕。
いつも通り使い古したイヤホンを着け、エスカレーターの左側へと立つ。
普段、街中を歩いていても、しっかりと意識しなければ、その時その時に存在する自分の周囲の人間がどのような風貌か、服装か、などは案外覚えていられないものだ。
僕はエスカレーターに乗る。
前を見ると、目の前に立つ人物に意識を持って行かれた。

綺麗な艶があり、ボブカットで橙色の髪。
ブラウスに橙色のセーター。
左肩へ掛けられているスクールバッグも橙色。
スカートは制服だろう、紺色ベースのチェック柄。
おまけに靴下も橙色。

もはやコスプレだろうかとも思わせる程の女子高生。
そのよく目立つ女子高生が日常の風景に突然と飛び込んできたことを数秒掛けて理解した僕、釘付けになる視界。

背を向けて立っているので物珍しさからまじまじと見てしまう。
時折冷たい風が吹き、首を縮めてマフラーへ顔を近づける。
不意に嚔をする僕。
瞬間、目の前の女子高生がチラッとこちらを振り向き、目が合う。

ぱっちりとして大きい目。
整った可愛らしい顔立ちである事がひと目でわかるその女子高生は、前へ顔を戻すのかと思いきや、僕と目が合ったままその視線を外さない。
目を離せないままでいると、女子高生は振り向き、段差があるために少し身を屈めて僕に顔を近づけてくる。
「……!」
思いもしない女子高生の行動に、声も発せずにたじろいでしまう僕。
少し間を置いて、女子高生は唐突に僕の前髪とマフラーを触り、微笑み、口を開く。
『…ん、前髪、こっちの方が似合う。かわいいよ。マフラーもこれで大丈夫』
「………あ、ありがとう」
目が離せず、思考が追いつかない。
初対面の可愛らしい女子高生に不意に髪を整えてもらうなんて体験をするとは思わないものだし。
確実に心拍数が跳ね上がっているのを体感する。
『いーえ。…表情が固いよ、緊張してる?』
「……別に、してないよ」
『うそつき。姿勢もがっちがちじゃん』
「……っ」
よく人を見ている女子高生だ。フランクに話しかけてくる辺り人懐っこい雰囲気を感じられ、鬱陶しさは少しもない。
『ま、いっか。私の服装、後ろから見てたでしょ。どう思った?』
「…オレンジ色、すごい好きなんだなぁって」
呟くように僕は言う。
聞いてふふっと微笑む女子高生。
『そう思うよね。あとは?』
もう一度聞かれるとは思ってなかった。焦りが生まれる。思考を巡らせてさらに僕は言う。
「髪、綺麗。艶がいいし、色も」
『嬉しいな、でもきみも髪は綺麗だと思うよ。顔は可愛らしいけどね』
そう言いながらまた笑う女子高生。

やがてエスカレーターを降り、いつもなら足早に改札口へ向かうのだが、女子高生とそれとなく建物の壁沿いへ寄る。
「どうして急に、髪、整えてくれたの?」
『んー、気分かな。私好みに整えた、ともいえるかも』
私好み、という言葉に足元を掬われそうになる。
久々に非日常を味わっているという実感がようやく湧き、気分が良くなってくる。
「そっか、ありがとう。名前は?」
『ゆり。百合の花の百合。』
「ありがとう、百合ちゃん。」
『いーえ。何か私もきみの事気になってきた。連絡先交換しない?』
名前を聞いてどうする気もなかったのだが、女子高生…いや、百合ちゃんの方から連絡先を交換しようと言われるとは思っていなかった。快く頷く。
「良いよ。LINEはこれで…インスタがこっち…」
『うんうん。OK。ありがとね』
「こちらこそ、髪、ありがとう」
『いーえ。また今度会おうね』
「うん。友達になろう」
『ん!…あ、電車そろそろ来る。また連絡するね!』
スマフォの時間を確認すると、百合ちゃんは小走りで改札口へと消えていった。

……不思議な体験をした。理解が追いつかない。
思考が普段通りに働かないのが分かる。
「…非日常だ。百合ちゃん可愛かったな」
吹き続けている冷たい風に思考をリセットされる。
不意にマフラーを触ると、自分が着けない香水の香りがする。
「……百合の香りだ」
数分前にマフラーも整えてくれていたのを思い出す。
その時に香りが移ったのだろう。
「いい香り。落ち着く」
甘い香りの余韻を楽しみつつ、僕も改札口へ向かった。

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