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一度だけの

朝。会社勤めのコウタは気だるげにベッドから起き上がり、洗面所へ行き顔を洗う。
頭を働かせようと簡単に朝食を摂る。
ベランダへ出て煙草を燻らせ、紫煙を吐き出す。
澄んだ朝の空気。見下ろす道路にはランドセルを背負う子どもが歩いているのが見える。
気持ちを切り替え、スーツに着替え、忘れ物のチェックをして家に鍵をかけ、自宅を出る。
歩いて最寄駅まで向かう。
コートを着てきたが、朝はまだ冷え込むので正解だった。日入りの時刻を過ぎるとまた気温は下がるので、帰る時も着ればいい。
定期券を翳し自動改札機を通り抜ける。
鞄を抱えて席に座り、電車は発車する。
イヤフォンを耳に着け、曲を再生する。
今日やらなければならない仕事を考えながらスマートフォンを弄り、ニュースを読む。
やがて電車は会社の最寄駅へ到着する。
降車し出口へ向かう、そのとき。
同じく通勤だろう、この駅から電車へ乗り込むであろう多くの人たちに紛れて、綺麗で美しく、思わず目を離せなくなってしまう女性がいた。
コウタはどことなく、その女性に見覚えがあった。
一瞬のうちに人混みにまた紛れて見えなくなってしまったが、会社へ向かい歩く中でコウタはその女性の顔を思い出しつつ、脳の記憶を漁る。
「何処かで…」
どこかのコンビニのレジ係だろうか、はたまた落し物のハンカチを拾ってあげた人だっただろうか。
結局どこで見かけたのかは思い出せなかった。
たぶん、思い込みなのだろう。
出社し、仕事を終え、また人混みに紛れて帰宅する。
次の日もコウタはいつもと同じ時間、同じ車両の電車で通勤した。もしかしたらあの女性をまた見かけるかもしれないという淡い期待をして。
しかし、女性を二度と見かけることはなかった。
次の日も、そのまた次の日も。
様々な人との巡り合いと同じように、これもまた一度きりだったのだと、かつての既視感によってモヤモヤとした気持ちを抱きつつ、コウタは自分に言い聞かせた。

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