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月光

しがないサラリーマン。同年代の他の人間よりは給料は良いが、あまり待遇は良くない。今日も残業を終えて帰路に着くカズは、雲ひとつない夜空に浮かぶ月の光を浴び、これからの人生とやらは今のままで良いのかと近頃よく考えて歩くのだった。
そりゃあ、何が不安な訳でもない。言ったとおり金の心配は無いのだ。それに健康そのもの。食べたい時に食べたいものを食べる、そんな暮らしではあったが、年1回の健康診断では身体になにひとつとして異常は見当たらない。酒はやらないし、煙草は多少嗜むが、それも気が向けば程度。
常に傍に居る女はいなかったが、その寂しさはもはや慣れっこで、今更気にする必要もないのだった。
現状に満足していては何も変わらないと自覚はしているが、いざ何か新しいことを始めようとする勇気は出ない。適当に働いて適当に遊ぶ。日々の生活はそれで満ち足りていて、刺激的ではない。
ふと、カズは立ち止まって丸く浮かぶ月を眺める。
月には何があるんだろう。それは学生時代に学んだはずで、疑問に思ったこともないことだった。
しかし考え始めると様々な考えが頭の中を巡り出し、カズは自宅に帰って寝支度を済ませてもその考えから離れられなくなった。
モヤモヤとする気持ちを抑えこみ眠りにつき、朝を迎える。
カズは夢を見た。自分が月にいる夢。宇宙服を着て、月の探査をしている夢。
カズは暫く夢を細かく思い出すことに耽り、そして今その瞬間まで深く思い出そうとした夢について考えることをやめ、朝食の準備へ向かった。
夢は夢だから面白いのだ。夢のままでいいこともある。
カズは現実に戻り、ため息をつく。
やがて焼き上がったトーストを頬張るのだった。

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