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思い出の中のぶどう酒

子どものころ、読んだ童話の中にはお城や馬車や、舞踏会のほか見たことも聞いたこともないような食事なんかが出てきたりした。

例えば、オートミール。
小さいころはこれが何のことかわからなくて、母に聞いてもも分からない。
辞書を引いても載ってない。
で、文章から想像しておかゆみたいなものかな、なんてぼんやりイメージしたりしていた。
インターネットもまだない時代だったからね。

ところどころさしはさまれる挿絵をヒントにして引っ張ったり伸ばしたり、様々な方向に空想を膨らましては見たことのない外国の、それも物語の中に憧れたりした。

その中でも、ぶどう酒。

ぶどう酒だけは割と明確にイメージできた。
「ぶどう」も「酒」も知っている。
挿絵ではかんむりをかぶったお姫様が片手にグラスを掲げている。
印刷の関係で、色は黒。

ぶどう酒・・・。

夏から秋にかけて食べる、あのぶどうが使われているんだな。
おじいちゃんがよく飲むお酒はコップにそそがれると無色透明のお水みたいな色をしているけどぶどう酒は黒いんだな。
ときどき自分も飲むぶどうジュース、あれは濃い紫色をしているから、あれにお酒が入ったものがきっとぶどう酒なんだ・・・。

そんな風にしてぶどう酒だけはやけに明確なイメージを持って私の想像に組み込まれた。

ぶどう酒は、おじいちゃんがお酒を飲むときに使うコップで飲むんじゃあない。
柄のついたコップで飲むんだ。
童話の中の登場人物たちはごくごくと喉を鳴らすように飲んでる人もいた。
きっとぶどうジュースみたいにおいしいんだ。

時が経ち大人になってワインを初めて飲んだ時、ぶどう酒のことは思い出しもしなかった。
これがあんなに憧れて何度も繰り返し読んだ童話の中に出てくるお酒だなんて、頭の中でつながらなかったのだ。

イメージしていたぶどう酒は色が濃くて、時折光にかざせば向こう側が透けて見えるなんて思いもしなかったし、
細い柄に割れそうなガラスに注がれるなんて緊張してドキドキした。
思っていたのはどちらかというとゴブレットに近い、がっしりした作りのグラスだったからね。
そして何よりごくごく飲むことなんてできなかった。
周りの雰囲気からそっとたしなむように飲むものなんだなと察したし味だってぶどうジュースみたいな甘さじゃなかった。

だからワインがぶどう酒だなんて気が付かなかった。
大人になってあんなに憧れたぶどう酒が飲めたけど、思っていたのと違った。
でもそれでいいと思った。

そのほうが思い描いたぶどう酒をいつまでも楽しみに憧れ続けられるから。
お城や、馬車や、舞踏会と一緒にまだ見ぬ世界の憧れを込めたイメージとともに。

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