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「あなたのためを思って」が暴力になるときもある

「あなたのためを思って」という言葉は
実に表裏一体の面を併せ持つ言葉だと思う。

なんの?

善意と暴力の、です。

今でも時々思い出す、にがーい思い出

以前、仲良くしていた女友達に今の方向や
やり方を改めるアドバイスをもらったことがありました。

やや感情的に言葉をつなぎ、最後に

「あなたのことを思って言っているの」

と締めくくりました。

そうなのか・・・とも思ったのですが
その時の私の気持ちは

残念、悲しい

そういった思いでいっぱいになっていました。

日を置いて改めて考えてみたり別の友人に相談してみても
「それはあなたのことを思って言ってくれたんだね」
と言われ自分でもそう思おうと言い聞かせましたが
どうしても心のもやもやが晴れない・・・

このもやもやは何なのだろう?とじっくり見てみると

・私の話も聞いてほしかった
・否定せずにいったんは受け入れて欲しかった
・感情的な嫌悪感が悲しかった

というものに気が付きました。

もし、あの時彼女が私の状況をよくよく聞いてくれていたら。

一言でも「そうだよね」「分かるよ」
といった共感の言葉をかけていてくれたら。

「間違ってる」「おかしいよ」といった言葉ではなく
「こうしてみたら」
「試しに~してみるといいかも」
といった言い回しをしてくれていたら。

なによりも少しでも
私を、私の置かれている状況を
ありのままに認めてくれていたら。

多少なりともこのもやもやは違ったのかもなー・・・と思います。

しかしいきなり多くのことを他人に求めることはできません。

「自分はこうしたい」
「こうしてほしい」

そういった気持ちを伝えて価値観のすり合わせをしていくことが
人間関係のだいご味とも言えます。

今思うに、あの時彼女もなにがしかの状況下で
不安定なところもあったかもしれない。
私の態度がなにか彼女の気に障ったのかもしれません。

そしてその時、私は彼女に自分の気持ちを伝えたか?
という一番大事なポイントは・・・

震える心で何とか絞り出した言葉はこうでした。

「私も不安だったから話を聞いてほしかったの」
「そんな言い方をされたら私も傷つくよ」

果たしてその言葉が届いたかはわかりません。
何しろそれ以来、会っていないのです。

正直、会うこともないだろうと思います。
私自身がつらかった過去はばたんと蓋を閉じて
振り返らずに先へ進もうとする傾向があることや
本当に必要だと思ったこと以外、主体的は動かず
比較的受け身であるからです。

苦い思い出も生かしてこそ価値がある

そこでまたもう一度彼女に連絡を取ろうとしないのは
ヘタレかもしれませんが
転んでもただでは起きない、
傷ついた分だけ大人になろう!
というポリシーのもと次に生かそうと思います。

まず、私がしてほしかった
・共感
・言葉を選んだ伝え方
・感情的にならない
などを心がけたいです。

皆さん誰もが私みたいなビビりとは限らないので
このような心掛けが不要な場合もある方もいるかと思います。

そこはさじ加減で調節しつつ

大事なのは思いやり

を忘れずにいたいです。

また、何らかの刺激を受けて
自分の感情が動いた場合でも
それに流されずきちんと自分の気持ちを伝えること。

前述の話では伝えることは伝えられてましたが
かーなーり勇気を振り絞った言葉でした。
これを鍛錬して毎回しっかりと伝わる言葉で
言えるようになりたい。

誰かのもやっとは私のもやっと。
もやもやを吐き出しながら価値観すり合わせて行きたいですな。

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