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09 恋音と雨空

「しがないさんは、素のコミュニケーションを取ってくれるから好きです」


相も変わらず、マッチング→メッセージ→アポという流れを続けていたある日、顔写真のない人からいいねが来た。ペットの写真の人だったのだが、その写真がすごく可愛くて、話し相手ぐらいなら良いかなと思い、いいねを返した。


このいいねが、後のしがないに最大の転機をもたらすことになる。


「マッチありがとうございます!^^ 良かったらやりとりしませんか?」
「しがないさんのプロフィールがすごく素敵でいいねしました!^^」
「〇〇お好きなんですか?僕も〇〇の△△が好きで、気が合うと思ったんです^^」

これだけ角がなく、距離感を間違えず、でも少しずつ距離を縮めてくるメッセージは珍しいな…と単純に思った。正直巧い。会話のテンポは即レス。「本当に仕事をしているのか…?」と疑うぐらい即レスで、会話の内容も素敵だった。


イメージ的には人懐っこいゴールデンレトリバー。
顔写真がなかったこともあり警戒心むき出しで返信しても、なぜか食らいついてくる。

「そんなこと言われたのはじめてですw はっきり言うところもいいですね^^」
「しがないさんはどんな人が好きなんですか?それって僕のことですよね!」
「僕の好きなタイプはしがないさんのような面白くて自分をしっかり持っている人がタイプで、すごくいいと思うんです^^」

年下、働いている、顔はわからないがコミュニケーションが素敵。私の理想に当てはまっている。何より、警戒心むき出しの私にも嫌な顔せずメッセージをくれる…!

メッセージは私が起きてから寝るまでずっと即レス。
不快にさせるコミュニケーションもなく、話していてすごく楽しい。

「ヲタク素敵じゃないですか^^何かを一生懸命好きなのはいいと思いますよ!」
「僕は同時並行できるほど器用ではないので、LINEしているのはしがないさんだけです!」
「早く会いたいですね^^」

その人は、家も勤務先も本名も全部教えてくれた。
『それ、個人情報だよ』 とやんわり伝えると、「しがないさんにならバレてもいいです!」と言われる。たまたま用事でその人の住む隣駅まで行くことがあり、『今日ここ行ってきたよ』と伝えると、「いらしてたんですか!?呼んでくれたら行ったのに、どうして呼んでくれなかったんですか!会いたかったです!」と言われたりと、何かとすごく心を開いてくれていることが理解できる。


こんな、警戒心MAXの私に?こんな、人に興味ない私に…?
私に興味を持ってくれている…?しかも好意的に思ってくれている…?


・・・この人ならちょっとは興味もってもいいかな…。


天の岩戸に引き籠ってる天照大神さながらの私の閉じこもっていた心を、あの手この手で四方八方からいろんな手を使ってこじ開けてきているのがわかった。

「しがないさんとUSJ行きたいですね!楽しそうです^^」
「ほら、しがないさんも次引っ越しするときは彼氏と同棲するかもしれないじゃないですか!」
「僕は、敢えて言いますけど、好きな人にしかこういうことはいいません」

積極的だが、距離感の間違わないアプローチ。少し照れてしまうようなことをたくさん言われて、「会ったことないのにそんなことわからないじゃない」と何回言ったかわからない。


この人なら、ありのままの私を好きになってくれるかもしれない。
この人なら、私も好きになれるかもしれない。
この人とだったら未来を見てもいいかもしれない。


ガチャ…


頭の中で岩戸が開く音がした。
心臓が痛いぐらい苦しい。

顔写真もわからないその人に、30代半ばのしがないOLは未来を見てしまった。


そう、10年間、聞くことがなかった恋音が頭を通り越して心に鳴り響いた。

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