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【Focus=注目度急上昇の松下洸平、8年前から追い掛けてきた批評家から見たその魅力(2019) エンタメ批評家:阪 清和】

 最初はなぜなのか分からなかった。私が7年以上続けているエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」で、ある記事が突然ブログ内のアクセスランキングの1位に躍り出たのだ。その記事は「スリル・ミー 松下洸平・柿澤勇人ペアバージョン(2018)」。通常ランキング上位に来るのは2、3週間以内に掲載した劇評やニュース記事。しかしこの記事は1年以上前に発表した劇評だ。最初は柿澤勇人のファンの方にでも記事を見つけてもらえたのかなと思っていたが、ランキングを分析してみると、あることに気付いた。ランキングの結構上位に舞台「母と暮せば」の劇評や稽古場リポート、製作発表リポートなどの記事も食い込んでいたのだ。そう、これらの記事に共通して登場するのは、松下洸平。アクセス急増の最大要因は松下洸平に対する世間の注目度アップだったのである。

 松下は現在放送中のNHK連続テレビ小説「スカーレット」で戸田恵梨香が演じる主人公、川原喜美子と結婚して夫となった陶芸家の十代田八郎を演じており、幅広い年齢層の女性から熱い支持を受けている真っ最中。喜美子に対する「離せへん!ボクはずっと離せへん!」(脚本:水橋文美江)という名ぜりふとその朴訥ながら実直なキャラクターで毎回の放送後にファンが「#八郎沼」というハッシュタグを付けて松下演じる八郎の魅力をツイートし合っているほどのブレーク状態にあるのだ。私も「スカーレット」をエンタメ批評家としてもいちファンとしても毎回欠かさず見ているひとりだが、松下のブレークには感慨深い思いでいっぱいだ。彼がその「スリル・ミー」の初演に出演した2011年ごろからきらりと光るものを感じ取り、以降「ネクスト・トゥ・ノーマル」「アドルフに告ぐ」「ラディアント・ベイビー」「魔都夜曲」「木の上の軍隊」「スカーレット・ピンパーネル」「母と暮せば」「スリル・ミー」と主な出演舞台を取材し続けてきた。時には稽古場にうかがい、時には製作発表に顔を出し、その人となりを感じ取って来た。進境著しい演技力と、感情をぶつけ合わせることのできる繊細な表現力。ミュージシャンとしての一面もある彼の抜群のリズム感が可能にする身体表現の確かさなど、その魅力を挙げればきりがないほど。舞台で結果を出そうと努力し続ける松下の真摯な表情を見ていて、必ずやブレークの日は来ると確信していたが、国民的番組での注目度アップには長らく見守って来た私たちにとっても感激もひとしおだ。

 そして思うのは、チャンスはこんなふうにやって来るのだなということ。注目ドラマに抜擢されて人気者になり、後から実力を付けていく俳優が多い中で、松下は既に同世代の中では群を抜く演技力を持っている。そこに人気という翼が新たに加わるのである。キャスティングする人たちがそうした流れや動き、タイミングをすべて分かっていたかどうかは別にして、確かな実力を持った若手がいる、それは松下洸平だという噂は少なくとも演劇界では飛び交っていた。そうした評判を敏感に感じ取った大きな時の流れが松下をあの場所に運んだのだろう。喜美子の優しい夫というだけではなく、朴訥とした中に妙なこだわりや深い謎のようなものを秘めたあの八郎像も松下が戸田や監督(演出家)と相談しながら、相当工夫をして創り出しているはず。その努力が八郎を単なるいちキャラクターではない重要な要素として現在の位置に押し上げたのだ。ネット内ではこのブレークを受けてさまざまなサイトが松下を採り上げていて中には「バイプレイヤー」として位置付けているサイトもあるようだが、松下は「スリル・ミー」「母と暮せば」「木の上の軍隊」などの例を挙げるまでもなく、既に演劇界では堂々たる主演俳優だ。今後は舞台でも映像でもより作品の中央に近い役に就くことが多くなるだろう。主演の連続ということも多くなるはずだ。

 そんな今、私が8年前から追い掛けてきた松下洸平の軌跡を振り返りながら、その深い魅力について探ってみよう。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」でも読めます(劇評など一部のコンテンツは有料ですが、Focus記事はいまのところ無料です)

 2011年に東京でミュージカル「スリル・ミー」が日本初演された際に抜擢された松下が「誘拐・殺人事件の犯人として捕まった学生」という難しい役どころに全身でぶつかっていたことは演劇界でも評判になっていた。既に知名度のあった柿澤や新納慎也、田代万里生の中にあって、しかしその真摯な表情は注目に値した。

 2013年に出演したミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」では、精神的なバランスを崩す主人公の主婦の娘を悪いことに引き込もうとする男友達という役柄。粗削りな表現も多かったが、作品の中で確実に成長を遂げていくこの青年の姿を観客に強烈に印象付けることに成功していた。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」ミュージカル「ネクスト・トゥ・ノーマル」劇評=2013.09.11(全文無料でお読みいただけます)

 2015年に出演した舞台「アドルフに告ぐ」では、後にナチスに入ることになる在日ドイツ人の青年と幼いころに住んでいた神戸で幼なじみのようにして育ったユダヤ人の青年カミルを演じた。これまた難しい役どころだったが、松下は、一見心優しいがその内実にはさまざまなものが詰まっているに違いないカミルや、シンプルな正義だけでは説明のできない複雑さを持ったカミルを必死になって探ろうとしていて、見どころの多い演技だった。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「アドルフに告ぐ」劇評=2015.06.11(全文無料でお読みいただけます)

 キース・ヘリングの生涯を描いた2016年のミュージカル「ラディアント・ベイビー」では、キースの「恋人」を演じた。激しく変転するキースと「愛」という感情を絡ませ合いながら、アートや音楽といったカルチャーへのリスペクトも表現。テンポの速い演技やキレのあるダンスなど、ミュージシャンとしての才能も半端なものではない松下の魅力を爆発させていた。何より「スリル・ミー」でもコンビを組んだ柿澤との息の合い方がすごかった。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」ミュージカル「ラディアント・ベイビー」稽古場レポート=2016.05.14(全文無料でお読みいただけます)

 魔都とも呼ばれた戦前の上海租界を舞台にした2017年の舞台「魔都夜曲」でピアノ弾きを演じる必要性からピアノ演奏を習得した松下は、次いで2018年、満を持して舞台「母と暮せば」に出演する。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「魔都夜曲」初日開幕記事=2017.07.09(全文無料でお読みいただけます)

 舞台「母と暮せば」は、名作二人芝居「父と暮せば」と対になる作品を残すという作者の井上ひさしの生前の構想を受け継いで山田洋次監督が映画化した『母と暮せば』をこまつ座が新たに劇作家の畑澤聖悟に脚本執筆を依頼して舞台化した注目の作品で、松下の起用も大いに話題を呼んだ。この時の相手となった母親役の富田靖子とは「スカーレット」で共演(義理の母と息子として)していることも感慨深い。
 当時、既に「スリル・ミー」や「アドルフに告ぐ」「木の上の軍隊」で演出家、栗山民也からの信頼があつかったことや、同じく「木の上の軍隊」での好演でこまつ座からの信頼を得ていたこともあり、松下の起用は決して大英断ではなかったが、戦後「命」の三部作のひとつとまで言われた「母と暮せば」への出演は、若い松下にとっては「抜擢」と言えるものだったに違いない。
 しかし松下はその大きな期待にしっかりと応えた。
 当時の私は劇評の中で「松下は栗山には何度も薫陶を受けている。ここ数年のそうした体験が松下の実力を大いに引き上げたことは確かで、役者ひとりにかかる比重が圧倒的に重い二人芝居においても少しもぶれがない素晴らしい演技を見せている」と書いている。
 「特にやはり、『幽霊としての存在感』とでもいうべき死者としてのふるまいと、生者たちの空間でのふるまい。このふたつを的確に交錯させながら演じていたことは特筆に値する。時には甘え、時には励まし、時には医者の卵としてアドバイスし、そして時には生きていく活力のともしびを灯す、母に対するさまざまなアプローチをそれぞれに深めた演技には惹きつけられた」とその繊細さに大きな驚きを見せた。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「母と暮せば」劇評=2018.10.12(ブログでは序文のみ無料です。劇評の全体像はクリエイターのための作品発表型SNS「note」で有料=300円=公開しています。noteへはブログ経由でどうぞ)

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「母と暮せば」初日開幕記事=2018.10.08(全文無料でお読みいただけます)

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「母と暮せば」稽古場リポート=2018.09.27(全文無料でお読みいただけます)

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「母と暮せば」製作発表会見リポート=2018.08.03(全文無料でお読みいただけます)

 6回目の公演となった2018年のミュージカル「スリル・ミー」では、松下はさらに一段上の演技を見せる。劇評での私は「今回の役柄は、観客から見れば『異常』であっても、それが『私』にとっての自然体であるという大きな矛盾を解決しながら演じなければならない難しい役どころだ。『私』は『彼』に対してどちらかというと受動的だが、その関係性も突き進んでいく先では大きな変化を見せる。そのこともきちんと表現しなくてはならないのだ」とそのハードルの高さを示した上で、「松下は明らかに演技の軸がしっかりしてきた。芝居の中で見据えているものがはっきりしているから、どんな変化にも対応できるようになっている」とその「成長」に目を見張っている。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」ミュージカル「スリル・ミー」劇評=2018.12.24(ブログでは序文のみ無料です。劇評の全体像はクリエイターのための作品発表型SNS「note」で有料=300円=公開しています。noteへはブログ経由でどうぞ)

 舞台「母と暮せば」は演劇界全体でも大きな話題となり、平成30年度(第73回)文化庁芸術祭の演劇部門新人賞を受賞。ミュージカル「スリル・ミー」での演技もあわせて評価された第26回読売演劇大賞では優秀男優賞と、顕著な活躍をした新人に贈られる杉村春子賞をダブルで獲得するなど、注目度はうなぎのぼりに。演劇界では既に「時の人」だったのだ。

 その後再演された舞台「木の上の軍隊」で再び新兵を演じた松下は「無垢な魂を持ちながらも、近くに野営地を築く米軍によって大切な思い出の詰まった故郷が侵されていく木の上からの風景に感情が乱されていく新兵の心の揺れの表現」に挑み、演技への真摯な情熱を秘めつつ、あくまでも冷静に丁寧に表現していく姿勢を見せ、実に印象的だった。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」舞台「木の上の軍隊」稽古場リポート=2019.05.08(全文無料でお読みいただけます)

 今回の「スカーレット」でのブレークを受けて、映像作品での露出も増えていくことは必至だが、これまでの成長を支えてきた舞台での活躍も引き続き期待したいところ。
 シンガー・ソングライターとしてもメジャーデビューしたことがあり、ミュージカルで要求される歌唱力や音楽への理解力にも頼もしいところがある松下。まだまだ世間には知られていない才能も秘めていることから、今後さまざまな切り口で採り上げられていくに違いない。

 そしてさらに期待されるのが、今回の人気拡大で、劇場に来る人を増やせるのではないかという点だ。2.5次元ミュージカル以外ではなかなか若い年齢層の演劇ファンの数が伸びない現状の中、あらゆる世代にアピールできる松下の知名度アップは願ってもないチャンス。
 役の格が上がったり、公演の規模が拡大したりすることで、本人にとっては、新たな壁や課題、悩みとぶつかることになり、苦労も増えることだろうが、これまでのような「あくまでも繊細な目で、しかし全力でぶつかっていく」という姿勢でどんどん乗り越えてもらいたい。

 【Focus】はエンターテインメント界で注目される人物や事象に鋭く切り込むジャンルです。今後もさまざまな注目人物を採り上げていきます。ご期待ください。

★阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」

 当ブログは、映画、演劇、音楽、ドラマ、漫画、現代アート、ウェブカルチャーなどに関するエンターテインメントコンテンツの批評やニュース、リポート、トピック、コラム、エッセイ、活動報告などで構成され、毎日更新しています。

 わたくし阪清和は、エンタメ批評家・ブロガーとして、毎日更新の当ブログなどで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・ウェブカルチャー・現代アートなどに関する作品批評や取材リポート、稽古場便り、オリジナル独占インタビュー、国内・海外のエンタメ情報・ニュース、受賞速報などを多数執筆する一方、一部のエンタメ関連の審査投票などに関わっています。
 さらにインタビュアー、ライター、ジャーナリスト、編集者、アナウンサー、MCとして雑誌や新聞、Web媒体、公演パンフレット、劇場パブリシティ、劇団機関紙、劇団会員情報誌、ニュースリリース、プレイガイド向け宣材、演劇祭公式パンフレット、広告宣伝記事、公式ガイドブック、一般企業ホームページなどで幅広く、インタビュー、取材・執筆、パンフレット編集・進行管理、アナウンス、企画支援、文章コンサルティング、アフタートークの司会進行などを手掛けています。現在、音楽の分野で海外の事業体とも連携の準備を進めています。今後も機会を見つけて活動のご報告をさせていただきたいと思います。わたくしの表現活動を理解していただく一助になれば幸いです。お時間のある時で結構ですので、ぜひご覧ください。

 なお、エンターテインメント関連で私がお役に立てることがありましたら、下記のアドレスまでなんなりとご用命ください。速やかにご相談の連絡をさせていただきます
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★阪清和公式サイト「KIYOKAZU SAKA OFFICIAL」



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