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ヘディングのリスクについて:追記と整理

先日取材を受けた際に、息子の怪我とヘディングのリスクに関して私の考えを聞かせて欲しいと質問を受けたので、改めてこれまで調査してきた情報を整理しました。

私がサッカーにおけるヘディングのリスクに関して調査を始めたのは、息子が「硬膜下血腫」と診断された2020年3月のこと。

そのひと月前、英国でサッカーをプレイする子どもに対して練習中のヘディングが禁止されました。その理由は息子のケースとは違いますが、いずれの場合も脳を損傷するリスクがあることに変わりはないと理解しています。

慢性外傷性脳症(CTE)

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画像引用元:Boston University Center for the Study of Traumatic Encephalopathy

英国で、ユース年代のヘディングが規制された理由として、グラスゴー大学が発表した、元サッカー選手の認知症など脳症の発症率が一般人と比較して3.5倍という統計や、実際に認知症を患って死亡した元選手の脳を解剖することで器質的損傷(注)が認められ「慢性外傷性脳症」であると断定されたことが大きいと言われています。

(注)一般的に、頭部に外から衝撃を受けた結果、頭皮や頭蓋骨、脳内を損傷することを総じて「頭部外傷」と言い、脳の物理的な損傷のことを「器質的損傷」と言います。

現在行われている議論を踏まえると、慢性外傷性脳症は、サッカーでヘディングを行う全てのプレイヤーに関係するでしょう。

これはヘディングなど頭部への衝撃を繰り返し受けることや、脳振盪を反復することで発症する疾患で、ボクシングやフットボール、アイスホッケー、レスリング、サッカーなど接触や頭部へダイレクトな衝撃を受けることの多いスポーツ選手に多くみられます。患者は外傷を受けてから数年から数十年の経過で、記銘力低下、注意障害、易攻撃性、錯乱、抑うつ状態などの認知症の症状やパーキンソン病、四肢の筋力低下などの症状を示すようになります。

2002年に亡くなった元イングランド代表選手、ジェフ・アストル氏の遺族は、2015年にジェフ・アストル財団を設立しています。彼の症状は当初、早期発症型認知症と診断されていました。しかし、2014年に彼の脳を再調査した結果、「慢性外傷性脳症」であったことが明らかになりました。

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財団の10カ年活動計画として以下が示されています。
・全年代を対象にスポーツ中の頭部外傷の認知を高める教育・啓蒙活動
・競技団体と協力しスポーツと認知症の相関を独立機関と調査
・実際に慢性神経障害や認知症を発症した元選手の支援
などを進め、将来的には脳障害を発症した元選手のためのケアホームを立ち上げることを目指しているとのこと。


以下BBCのニュースより抜粋(念のため原文も併記します):

The issue hit the headlines in 2002 following the death of former West Brom and England player Jeff Astle at the age of 59.

Mr Astle had been diagnosed with early onset dementia. A re-examination of his brain in 2014 found he had died from chronic traumatic encephalopathy (CTE). That is a brain condition normally linked to boxing which has been linked to memory loss, depression and dementia. It has been seen in other contact sports.

A coroner ruled that Mr Astle's brain had been damaged by years of heading heavy leather footballs.
In February 2017, researchers from University College London (UCL) and Cardiff University published a study based on post-mortem examinations of the brains of six former players which found signs of CTE in four cases. (https://www.bbc.com/news/health-38971750)

2002年、元ウェストブロムとイングランドの代表選手を務めた、ジェフ・アストル氏が59歳で亡くなったとき、この問題は大きなニュースとなりました。
アストル氏は当初、早期発症型認知症と診断されていました。2014年に彼の脳を再調査したところ、彼は「慢性外傷性脳症」で死亡したことが判明しました。これは通常、ボクシングでみられる脳症で、記憶障害、うつ病、認知症など関係しています。慢性外傷性脳症は他のコンタクトスポーツでも見られます。
検視官は、アストル氏の脳が長年のヘディングで損傷していたと判断しました。2017年2月、ロンドン大学(UCL)と、カーディフ大学は、元サッカー選手6人の脳を解剖し、そのうち4人の脳に慢性外傷性脳症の症状が認められたと発表しました。

くも膜嚢胞

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息子の頭部MRI画像

一方、息子の場合は先天性の「くも膜嚢胞」を持っていたために、ヘディングの衝撃によって脳内出血(硬膜下血腫)を合併したと診断されました。

順天堂大学病院の医師らによる論文(2018年)には「小児人口の2.6%がくも膜嚢胞を有すると報告されている」とあり、該当箇所の引用元論文(2010年)を確認すると、著者は11年間、同じ施設内で18歳以下の患児11,738人の頭部MRIを調査し、うち309人(2.6%)に、くも膜嚢胞が見つかった、としています。

“The authors reviewed a consecutive series of 11,738 patients who were 18 years of age or younger and had undergone brain MR imaging at a single institution during an 11-year period. “
“Three hundred nine arachnoid cysts (2.6% prevalence rate) were identified.

ヘディングのリスク

「慢性外傷性脳症(CTE)」は線型(蓄積型)のリスク
「くも膜嚢胞」は点型(地雷型)のリスク

と理解しています。どちらもヘディングをすることによって受傷のリスクが高まりますが、慢性外傷性脳症は受傷から発症までに年単位の時間がかかります。くも膜嚢胞は、衝撃を受けた際にそれよりも短い時間で急性硬膜下血腫慢性硬膜下血腫を合併するとされています。

さて、いまこれを読んでいる方の中で、これまで頭部MRIやCTの検査を受けたことがある方がどのくらいいるでしょうか?

自分と妻の家族を見回しても、頭部MRIを受けたことがあるのは脳梗塞を発症した妻の祖母以外に見つかりませんでした。実際に発症しない限りその機会は限りなく少ないということでしょう。

ちなみに息子は硬膜下血腫の診断を受けてから過去1年で、MRIを5回、CTを2回受けています。

セカンドオピニオンを得た医師曰く、頭部MRIは誰でも受ける検査ではないため検査が増えれば発見数も増加するだろうと仰っていました。しかし、余程の症状が無ければ検査する機会はほぼゼロでしょう。

以前受けた取材記事の中で脳神経外科医から指摘がありましたが、現在サッカーをプレイしている子どもたち全員にMRI検査を受けさせるのは現実的なソリューションではありません。費用も高額です(1割保険の場合は2,500円なので実際の検査費用は25,000円程度。特に症状がなければ自費検査になるでしょう)。

我々親子の実体験として、所属チームや学校関係者に「くも膜嚢胞」とそのリスクを把握している人は一人もいませんでした。

硬膜下血腫とその原因が発覚して以来、息子の学校(公立小学校)の先生方は、MRI検査のたびに私からの報告会を開いてくださり、休み時間や体育の授業で避けるべき行動や注意点をリスト化し、同級生や他クラスの先生に周知の上で息子を見守ってくれています。事態を真摯に受け止めていただいており、その姿勢には頭が下がります。

現段階で小児人口の2.6%が「くも膜嚢胞」有する、という数字を少ないと見るべきか?私はそう思いません。サッカーをプレイする小学生人口(第4種)は2019年時点で約27万人いて、2.6%は約7000人になります。

参考:先天性疾病の出生確率
色覚異常:日本の場合、男性が約5%、女性が約0.2%
心臓病:日本の場合、1%

結論

いま盛んに議論されている、サッカーのヘディングによって「慢性外傷性脳症」を引き起こすリスクに関しては、英国の元選手らとそのご遺族の訴えにより医学的検証も進み、メディアも盛んに報道していますので、近い将来サッカー界の常識となるでしょう。そこに至るまでのあいだ、将来ある子どもたちにヘディングをさせないことは、予防的観点からも妥当であり、今後検証が進むことで大人に対しても規制や禁止が行われるだろうと予測しています。

一方、サッカーのヘディングのような軽微な衝撃でも硬膜下血腫のような脳出血を起こす可能性のある、「くも膜嚢胞」を持つ子どもが一定数存在しているにもかかわらず、当事者の保護者になって初めて、一般的な認知度が非常に低いことがわかりました。

息子のような重大な症状へ進んでしまうことを防ぐためにも、全国の学校やスポーツ団体にその存在が周知され、コンタクトスポーツ、特に技術としてヘディングがあるサッカーの場合、ボクシングのような検査義務の導入が難しいのではれば、英国のような明確なガイドラインや競技ルールの改正によって万が一のリスクを軽減すべき、というのが当事者の親としての主張です。

ルール改正による予防は、受傷後の治療や責任問題に発展した場合にかかるコストよりはるかに低いはずで、なおかつ子どもたちの未来を守ることができます(効果が無かったらルールを元に戻せば良いだけの話です)。

最後にサッカーにおける頭部外傷に関する2つの記事をご紹介します。

ひとつめは、ヘディング後の症状により引退を余儀なくされた、英国の19歳プロサッカー選手に関す記事。

もひとつは、試合中に頭部外傷を負い頭部に14枚の金属プレートが埋め込まれ、それらが28本のボルトで固定されたという、プレミアリーグの元スター選手ライアン・メイソン氏の記事。

「10年後にヘディングが禁止されていても驚かない」サッカー元イングランド代表がその危険性を指摘」


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