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チャンネルはそのまま

『そもそも比べるものではない』が答えだと思いますが、兵庫県知事選を巡ってテレビの報道番組では『SNS戦略に長けた斎藤知事の勝利』という論調を展開している。

『兵庫県民もバカじゃない。』その情報番組で街頭インタビューを受けた60代の男性が放った鮮烈な一言だ。

今まではテレビから得る情報を元に判断していたが、インターネットの中に溢れる情報から取捨選択して判断しているという、まさにワイドショーが投げかけた『テレビの敗北』の真相じゃないだろうか?

『コンプライアンス』

近頃じゃ『なにそれ?』って人もいませんが、テレビ番組がつまらなくなった原因だと言われています。

つまり急激なテレビ離れの原因であると言うことかと思いますね。

放送法に『コンプライアンスを守れ』と直接的に書いては無いと思いますが、過剰に捉える熱心な『コンプライアンス教』信者であるテレビ局の上層部、それに従うしかない制作現場では、このコンプライアンスという巨人の出現に怯えながらもウォールマリアの中での窮屈な暮らしを強いられている…まさにそんなイメージかもね?

壁の中の乏しくとも安全な暮らしに疑問を抱え『壁外』に自由を求める番組製作ディレクターたちは、『YouTUBE』など動画配信サイトに新しい世界を見つけ、つつましくもシンプルでコンパクトに番組を作る。

もちろんその中には生活もおぼつかないディレクターもいるだろうし、敗北しテレビに戻るディレクターもいるだろう。『インターネットの時代』とは言えどもまだまだテレビの力は大きい。

『テレビは裏撮りして情報を伝える。一方、インターネットにはウソも多い。』

ワイドショーの司会者がしきりに伝えるのは、インターネットの中に溢れる情報のそのどれもが『裏撮り』をしていない無垢な情報であり、『タレコミ』のそのままを伝えているような状況である。という、逆に『テレビの情報はフィルターがかかっている』と自白したようなものだとは思うけどね?

コンプライアンスに従って裏撮りをする必要がある。なぜならテレビ放送は電波法に基づいた『許認可事業』だからであります。

消防署に一報入れて畑の隅で野焼きするついでに家で出たゴミも焼いてる農家と、国や地方自治体に登録し許認可を受けた産業廃棄物処理法に基づく処理業者と、やってることは『ゴミを処理する』同じ行為であっても課せられる責任はまるで違う。

ただし、その火が燃え移って近隣の民家に類焼すれば責任は発生する。ゴミを焼くのは好き勝手に焼いているとしてもその行動に何の責任も無いってワケでは無い。

『中立性』

テレビの報道番組などで放送される内容は、製作者として中立な立場でなくてはならない。つまり政府の『プロパガンダ』になってはいけないという意味だと思う。

一方、諸外国の国営放送では、政府から発信される情報を着色無く国民に伝え、情報の透明性を担保する義務がある。

日本には国営放送は無い。戦中の大本営発表に支配された国民の悲劇から『情報選択の自由』を求めた結果だとは思う。

NHKは国営放送ではない。国営放送であるなら職員は公務員のハズだ。

こと、お昼の情報番組なんかでの、兵庫県知事選の一連の放送内容を思い返しても、その『中立性』が担保されていたとは言い難い。完全に『職員を自殺に追い込んだパワハラ知事』として放送した。

兵庫県議会に設置された百条委員会の内容を伝える際にも『斎藤知事の悪事を暴く!』的なノリだったのは明白だ。

『裏取りをしている』

確かに好き勝手思いついたまま放送しているワケでは無いし、『百条委員会』の内容をフォローしているものの、では『斎藤知事は悪』に偏っていなかったかと言えば、むしろ『テレビの正義』を振り回してたようにしか見えない。

今や多くの人たちが使うSNSに溢れかえる玉石混交の情報群と一体どう違うのか?

テレビ局は総務省より許認可を受けて放送法に従って運営をし、一方、市民は自由にSNSで発信できるものの『風評の流布』に至っては処罰を受ける。

責任が担保された自由である。

もちろん発信する人によって情報の捉え方は違うわけで、思想信条もあるし必ず偏る。テレビ局の言い分としてはそういった偏りがあったにせよ、中立な立場で斎藤知事と百条委員会のどちらの報道もしている。ということかと思う。

つまり『中立』の捉え方が違うし『偏向報道をしない』とは言っていない。

『テレビの方がウソばっかりだったろ?』と感じるのはそういうところじゃないかな?

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