バーにて⑨

「初めて付き合った人にさ」
「うん」
「『どうして泣かないの?俺の前じゃ泣けないの?』って言われたんだよね」
「あの人が言いそうなセリフだな。でもあの顔でそういうこと言うんだな」
「笑えるよね」
「ちょっとな」
「…泣けないのって悪いこと?なんか…そんな言い方されたら、私が悪いみたいじゃん」
「ずっと気に病んでるの?」
「うん…バカだよね」
「いや、あの人がバカだな。というか…悪質だな」
「どうして?私に心を開いて欲しかったんじゃないの?それって本気で好きだったからじゃないの?」
「まてまて、落ち着け。ひとつずつ見ていこう」
「う…うん。まず何から?」
「まず、泣くか泣かないかは君の勝手だし、そもそも自然現象で、選ぶもんじゃない。役者と演出家でもない限り、泣けないことを責める筋合いなんか誰にもない」
「…う、うん。そうかも」
「涙って出そうと思って出るわけじゃないじゃん。嘘泣きはまた別だけど。君そういうタイプじゃないし」
「嘘泣きとか考えたこともないわ」
「一人で泣くタイプ…というか、一人じゃないと泣けないタイプだろ」
「まあそうだね」
「で、付き合ってるのに、そういうこと察することもなく、知ろうともせず、ヒーロー願望丸出しで『泣けないのか』なんて責めるなんて、ただの撒き散らしオナニープレイだ」
「ちょっ、ちょっと。そういう単語使うのやめてよ」
「君のだめ好きだろ」
「ああ…そんなシーンあったね、そう言えば」
「それそれ」
「『撒き散らし』が着いてるとより生々しくてイヤ…」
「ごめん。悪かった。でもそれぐらい下品な言動だと思うよ、俺は。それは君何も悪くないよ。安心して泣ける場所になれない男が悪い」
「あの人は、泣いてた」
「…ああ」
「別れたくないって」
「とことん情けない奴だな。自分のワガママをさらに君を責める道具にして背負わせてるだろ。そいうの、罪悪感コントロールっていうの」
「そっか…なんか目から鱗だよ」
「君、真に受けすぎ、相手の味方しすぎ、甘やかしすぎ」
「いや、本当だよね。何で君に相談しなかったんだろう?」
「俺が君に恋人がいるタイミングでしか告白しないバカだからだろ」
「…ホントそれだよ」
「ごめんな」

「『even if』とか歌い出したりしないでよね」
「カシスソーダ飲みたい?」
「うん…」
「その指輪どうしたの」
「あ…コレ?自分で買ったの」
「かわいいじゃん」
「ありがとう…初めて褒められた」

ネタ解説…のだめカンタービレ一巻(多分)で、のだめが峰君の演奏に対して言ったセリフから引用。
『even if』は言わずと知れた平井堅の名曲。カシスソーダと指輪が出てきます。
罪悪感コントロールについてはこちらを参考に。

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