バーにて⑧

「男ってさ、簡単に好きとか愛してるとか言うじゃん」
「まてまて、話を拡げるな。全ての男ではない」
「そっか…えっと、じゃあ、簡単に好きとか愛してるとか言う男いるじゃん」
「ああ、それはいるな」
「それでさ、『ベッドの中の愛してるは信用するな』とかいう格言めいたものもあるじゃん」
「あるなあ。俺それどこで初めて聞いたのか覚えてないわ」
「私も…」
「うん、それで?」
「でね、思ったのよね。寝るために簡単に愛の言葉を囁けるなら、女性の話にも乗るのがフェアというものじゃないかって」
「ふむ…例えば?」
「例えば、『今すぐ月まで行って石を取ってきて欲しい』とか」
「お、おう。それ何て答えたらいいの?」
「『朝イチの飛行機でワシントン行く。三年待っててくれ』とか」
「お、おう…」
「例えば、『愛してる』に『じゃあ今すぐ結婚してくれる?』って返したら、『君の本籍地どこ?区役所の夜間受付何時までだったかなあ』とか」
「おう…。しかしさ、それ相手が本気にしたら困るじゃん。本当に『じゃあ今すぐ区役所行こう』って言われたら困る。男は言質を取られたくない生き物なんだ」
「言質取られたら脅迫されると思うぐらい信用してない人間と付き合うのがいけないのよ。そしてそれを捌く力量がないなら軽はずみに愛の言葉なんか使っちゃいけないのよ」
「男ってそういう生き物だよ」
「それがムカつくのよ。命懸ける勇気もないくせに、真剣勝負のリングに上がってきて、イカサマして最後は逃げるんだもん」
「酷い言われようだなあ。そんな男ばかりか?」

「女は恋に命懸けてるのよ、いつだって」
「常に命懸けてる男はなかなかいないなあ。しかし、命まで懸けてない女性もいるんじゃない?」
「…私が真剣すぎるって?」
「悪いとは言わないけどさ。少し…深刻なんじゃない?」
「しょうがないわよ。こういう性格なんだから」
「君は、怖いんだね」
「何が?」
「裏切り?ever after以外の結末に耐えられないんだろう」
「夢見がちって批判する?少女漫画の読み過ぎ?」
「いや…。色々事情があるんだろうなって」
「…別に。何も無いわよ。絡んで悪かったわよ。一杯奢るから」
「いいよ。…なあ、じゃ、命懸けるから、今晩どう?」
「うわ、最低!スピリタス点滴してやる!」
「だから、男ってそんなもんだよ。狡くなれよ」
「私が狡くならなきゃいけないの?」
「ま、その方が速いかもなあ」
「世知辛い世の中」
「時流のせいとかじゃなく、そんなもんだよ」
「それは君の場合の話じゃないの?」
「君の話をしていたんじゃなかったの?」

「…私のこと…」
「今晩寝たいぐらいには好きだよ」
「…最低」
「じゃあ明日朝一で俺と入籍したい?別にいいよ。愛してるし」
「ホント最っっっっ低」
「ホラね、そのまま言うとそこでストップするんだよ。だから甘い言葉とか泡沫のような嘘が必要なわけ」
「全部ゆめまぼろし…」
「『夢幻街』面白かったなあ」
「ね。彼みたいな生き方がしたい」
「ハードボイルドだなあ」

「マスター。お勘定を」
「はいよー。コレで」
「はい」
「はいお釣り。ちゃんと送ってあげなよ」
「ええ。わかってます」
「また来てね。お疲れ様」

BGMはスピッツの「愛のことば」<スガシカオにバトンタッチしたい
この間ココイチで久々に読んだNANAの影響で書きました。多分。

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