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櫻井敦司という人―3月7日、彼の誕生日に寄せて

”魔王様”。
櫻井敦司という人がそう呼ばれていると知ったのはいつのことだっただろう。
随分前のことだとは思うのだが、その時期は正確には思い出せない。
たまたま読んだ音楽雑誌の中で目に入ったのか、Twitterでフォロワーの誰かが呟いていたのか、まあそんな些細なきっかけだったような気がする。
なんにせよ、筆者の櫻井に対する漠然としたイメージは長らく「”魔王様”と呼ばれている人」であった。

”魔王様”。
並大抵の人間にはそうそう似合わない渾名だ。
しかし、彼をそう称することには何の違和感もない。寧ろ彼にはこの呼称が似合いすぎるのである。
まず何といっても目を引くのがその容姿。
大きな三白眼、こちらを射抜く鋭い眼光。すっと通った鼻筋に、ミステリアスな表情を形づくる唇。
とても俗世に存在しているとは思えないほど整った顔立ちだ。
更に、彼が纏う黒。―髪の黒、ファッションの黒、そして彼の詞〈ことば〉に宿る暗黒―。
まさしく、闇の世界を統べるに相応しい”魔王様”である。彼にはその圧倒的なオーラ、説得力がある。
何も知らない人に櫻井の画像を見せて「この人は”魔王様”と呼ばれています」とでも説明すれば十中八九の人は納得してくれるだろう。

”魔王様”。
そのワードから連想されるもの。
ミステリアス。暗黒。クール。冷淡。冷酷。人間味がない。等々…
なんとなく、櫻井にも同じようなイメージを持っていた。
ちょっと怖そうで近寄りがたい雰囲気。
筆者は長らくの間、その凝り固まったイメージを引きずっていた。
しかし、今なら分かる。
彼の魅力はもっと別のところにあるということが。


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櫻井敦司という人間には、人を惹きつけてやまない魅力がある。

そのひとつに、彼の「かわいい」部分が垣間見える瞬間が挙げられるだろう。
そう、彼はかわいいのである。
文句のつけようもないくらい魔王様のくせして、かわいいのである。

「かわいい」という言葉は便利なものだ。
辞書で引いてみると《小さいもの、弱いものなどに心引かれる気持ちをいだくさま。》という意味が一番はじめに出てくるのだが、実際にはもっと広義的で直感的な言葉として使うことができる。
昨今よく耳にする「ヤバい」「エモい」「尊い」などの言葉と似たようなもので、「かわいい」もまた、自身が感じた繊細な感情の動きを手軽に表現できる言葉のひとつである。

筆者が櫻井に感じている「かわいい」は、所謂「ギャップ萌え」というやつだ。
例えば彼がなにかを話すときの、落ち着いた優しい声音。
誰も傷つけまいと言葉を選ぶ、その思いやり。
”魔王様”などと呼ばれていながら、実際は穏やかで温かい心の持ち主なのである。
また、時折見せるユーモアや想像の斜め上を行く天然エピソードも、一見クールなイメージを(いい意味で)ぶっ壊していく。
この落差に「かわいい」を感じてしまった瞬間から、筆者は櫻井敦司という沼に引きずりこまれてしまったのだ。


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そしてもうひとつ特筆すべきことは、櫻井の「人間らしさ」である。
彼の書く歌詞を見ればそれがよく分かる。
歌われるテーマは一貫して「愛」と「死」について。
生の苦しみと死の誘惑。死への恐怖と生への渇望。
その狭間でもがく彼はどうしようもなく人間くさいのだ。
理想だけでは生きていけない。葛藤の中で地べたを這いつくばる彼の姿は、みっともなくて美しくて、それがたまらなくいとおしいのである。

また、彼の詞から感じられるのは生々しい血の匂いと、ぱっくりと口を開けた痛々しい傷口。
自身を傷つけるための言葉で、鋭いナイフのような言葉で、そして溢れ出した血に塗れた言葉で彼は歌う。
そしてその言葉が同じような痛みを持った者に触れた時、とてつもない共鳴現象を引き起こすのだ。
彼の痛みがこちらに伝わる。それと同時にこちらの痛みは彼が一手に引き受けてくれる。
例えるなら、マイナスとマイナスがかけ合わさってプラスになる感覚、とでもいうか。
櫻井もそう思っているかはわからない。もしかしたら彼に重荷を背負わせ、呪いをかけているのかもしれない。
それでも、筆者にとってはそれが救いだった。
彼の詞に幾度となく救われた。

コンサートに足を運ぶ時も同じようなことを感じている。
心の奥であんなにじくじくと痛んでいた傷が、終演する頃には少し楽になっているように思えるのだ。
きっとステージの上の櫻井が歌い、叫び、狂うことでこちらの痛みを背負ってくれているのだ。
彼がファン達の救いであると同時に、彼にとっても満員の客席が救いになっていてほしいと願うのはファンの身勝手だろうか。
それでも願ってやまない。

「あっちゃんがいつか救われますように。」


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本日2022年3月7日に、櫻井は56歳の誕生日を迎えた。
自分の身をあれ程まで削りながら、よくここまで生きてきたものだ。
その痛みや苦しみはいかばかりだっただろう。
しかし彼が創作することを止めなかったのは、それが彼の救いにもなっていたからではないだろうか。

櫻井はこれから先も歌うこと、表現することを止めないだろう。
それがどんなに苦痛を伴う行為であっても、彼はその痛みすら背負って往くのだろう。
それが、彼がここまで生き、そしてこれから生きていく意味なのであろう。

そんな彼の生き様に心からの敬意と感謝を。


「あっちゃん、生まれてきてくれてありがとう。」

「貴方と同じ時代を生きて、貴方と出会えて、貴方を好きになれて良かった。」

「願わくば、貴方に幸あらんことを。」

「愛あらんことを。」




3月7日、彼の誕生日に寄せて。

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