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また変なことを考えてしまった

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2021年4月の記事一覧

生きてるけど、「◯◯するまで死ねない」ということがない生を送っており、何のために自分を延命させてるかわからない。死んだら他の人が悲しんだり困ったりするから生きてるだけ。大切な人に嫌われたくなく生きてるだけな根無草だから特に生きながらえる理由もない

臓器が悪くなった時に取り替えられるようサイボーグ化できる未来を望んでるけど、脳だけじゃなく臓器も考えるという事例があがってたり、脳腸相関のことも考えると、単純には考えらんないかもな

愛はつまるところコストをかける意識なのか?時間・金銭・思考コストをこれまでかけてきた、これからもかける覚悟があるなど。もちろんどれだけ相手のことを考えたかもあるけど。入口はコストをかけたか、時間をかけたかかも。苦痛を受け入れる歪んだ愛もそれなら理解できる

「簡単/難しい」「単純/複雑」は同じように見られるけど分けて使うと使いやすい

「簡単/難しい」「単純/複雑」は別の言葉だからもちろん別の意味だけど、簡単&単純、難しい&複…

ゼロベースで考えることは難しい。ゼロベースのメリットは「他の選択肢にもフラットに目を向けられること」。他の選択肢というのは「既存の他の選択肢」「新しい選択肢」がある。既存の選択肢ならまだ考慮できるけど、ゼロベースという言葉が使われるところでは新しい選択肢を求められるから厄介

ゼロベースで考えることの最初の関門はそのことを考える時点で余談があること。食べたいものとかだったら単純だけど、横浜にいる今食べたいもの、っていうとその時点で中華街が思考を巣食う。ゼロベースに無前提を望んでないけど、対象を考えるだけで思考がロックされてしまうのでなかなか難しい

「科学的根拠がない」は「間違っている」を意味しない

「科学的根拠がない」は、科学において検証されていない、という意味にすぎない。 「科学的根拠に間違っているとされた」だったら<科学的に>間違っているということが言える。 これらについて、科学とは何かについて共通認識を持った上で、書いていこうと思う。 科学とは科学とは次のサイトによると ・実証性: 仮説が実験等により見当できること ・再現性: 同一条件のもとでは同一の結果が得られること ・客観性: 導出した結論が事実に基づき客観的に認められること に支えられているらしい

「やばいときにアラートを挙げる」という単純なことができない理由

やばさに対しての適切な打ち手がないから。 そのままの意味だけではなくて次のような意味。 …

近所の孫と接するくらいが子供と接するちょうどいい距離かも。成長に責任を負わず子供と触れ合える。
でも孫を作るためには子供を作らないといけない。それを実現するなら子供いる人と仲良くなって、たまに面倒見るくらいなのかな。子供の親が羽伸ばしたい時に預かるとかならwin-winだし