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「想定外」を想定外に

~まえがき~


昨今BCP(事業継続計画)の策定が叫ばれて久しいのですが、中小企業の策定率は芳しくないのが現状です。理由として、東京の場合では中小企業庁、東京都産業局、東京商工会議所いずれもが、BCPのひな形を用意していつでも使って下さい状態、つまりそのような「手厚さ」がかえって、中小企業の甘えを生んでいるからなのです。ここで二つの問題点を指摘します。一つは、ひな形の内容そのままに担当者一人が作って、作った「気」でいる経営者が存在すること。もう一つは、そのようなもの(=BCP)は「いつでも作れる」宣言を経営者がしてしまうことなのです。
BCPに比べ策定率の高い防災計画と絡めて述べていきたいと思います。


~防災計画とBCPの違い~


会社の防災対策や防災マニュアルを意味する防災計画とBCPとでは、どこが違うのでしょうか。防災計画とBCPとでは、災害への備えということでは共通点があるものの、根本的に考え方が異なります。ここで両者の違いを明確にしてみましょう。四つの視点から、説明してみることにします。

①  着眼点や内容の違い


 防災計画では、それが会社の中であっても、人命の安全と建物の資産保全に焦点が置かれます。そのため、安否確認、備蓄、避難訓練が3点セットとなっていることが多いと思います。
 BCPでは、そうした対策を取った上で、優先的に復旧する事業を選定します。つまり、BCPは単なる防災ではなく、ビジネスの視点から災害からの復旧を目指すものなのです。

② 策定単位の違い


 防災計画は、本社や支社、拠点、工場など、場所単位で取り組みます。
 一方で、BCPは場所単位ではなく、事業で取り組むのです。なぜなら、一番重要な事業は何か、これはどのお客様にどの製品を供給するかといった観点から見るべきものだからです。

③ 計画への評価


 防災計画では、労働安全的、人道的な観点からの評価が求められます。なぜなら、命が助かることがすべてであり、延焼火災や危険物の漏洩事故を防ぐなど地域に迷惑をかけないことが目的とされるからです。
 BCPの可否は、その会社を取り巻く関係者(お客様や取引先)が評価します。なぜなら、BCPは会社そのものが評価される尺度で策定されるからです。

④ 責任者


 防災計画は、主に総務や労働安全衛生などの部門が担当し、その部門のトップが責任者に就任することが多いです。
 BCPは全社的に取り組みます。一番重要な事業である中核事業を決め、その一連のラインに関与する部門ならびにそれを応援するすべてが関わる必要があるからです。BCPの責任者は、経営者が就任すべき全社的なものなのです。
BCP策定は、単なる防災対策ではありません。事業をいかに継続するかを念頭においたものであり、さらに言えばビジネスそのものなのです。

~策定さえすればの「想定」~


 BCPはヒト・モノ・カネに代表される経営資源の一つに含むべき重要なものです。今では、第四・第五の経営資源としてその会社の持つ技術力・情報量を加える向きもありますが、いざその会社がBCPを発動させる事態に直面したとき、これらの経営資源をいかにまず第一に復旧させる中核事業に集中させ、その会社の受けるダメージを少なくし、早く復旧に漕ぎ着けることができるかが、BCPの有る無しで大きく分かれてしまうからなのです。
 会社の防災計画は、作ろうとすれば同様にひな形は溢れています。それこそ会社の総務担当がひな型から一旦作成し、人事異動の際には、係分けの責任者・係員の名前を総務担当者が変えているのが実態でしょう。
でも、BCPではそうはしてはいけません。BCPも前述したように「手厚い」ひな型が用意されています。小さな会社であれば、たぶん一人の担当者で「空欄埋め」ができ、「完成」させることも難しいことではありません。しかしながら、それこそ注意が必要です。ここから、策定時に担当者一人が「想定」する中で陥りやすい、特に重要なポイントを挙げて見ていきましょう。

①    経営者本人がBCPを理解しているか


BCP策定時に最も必要なことは、経営者本人がBCPとは何なのかを理解していることです。通常中小企業では、BCPの責任者は経営者が就任します。経営資源の適正な配分は経営者の為すべき領域です。経営者はいざという時も、残存する経営資源の適正な配分が求められます。BCPを発動すべきか否かの判断も経営者がすることなのです。経営者本人はBCPを理解しているのが大原則です。

②    会社が直面する災害・事故・事件リスクが認識されているか


記憶に新しい東日本大震災、17年前の阪神淡路大震災に見られるように、日本は地震の多い国です。防災計画が地震被害を想定して策定されることは当然だと思いますが、それだけで終わっているような気がします。兵庫県で製造業を営むある会社の防災計画は、発動時期を「震度6以上の地震、その他(・・・)の大災害(・・・)」とありました。「その他の大災害」と一括りにせざるを得ないのが、この会社の防災計画の限度かも知れません。ここで、会社が直面する災害・事故・事件リスクはどのようなものがあるのか、以下の表で見てみましょう。

BCPでは、会社の直面する災害・事故・事件リスクは何なのかが非常に重要です。これらの中から自社に被害を与える可能性が高いリスクを複数(・・)選択し、その中で一番起こりやすいリスクを認識して策定されなければなりません。陥りやすい誤りとして、防災計画では例えば地震の大きさ(震度6)など、災害の規模で発動可否が求められますが、BCPはあくまで、その(・・)リスク(・・・)に(・)よって(・・・)事業(・・)が(・)継続(・・)できない(・・・・)状態(・・)に(・)陥る(・・)とき(・・)を発動時期とするのです。ですから、震度6でも被害が軽微で事業に差し障りがなければ発動しませんし、震度5弱でも主要機器が損壊して事業継続に支障が出れば、BCPは発動されなければならないのです。

③  中核事業は影響度の判断要因で選定されているか


・災害が起きれば全事業はストップし、売上に多大な影響を与える
・わが社の売上構成の中で一番大きいのは△△事業だ
・△△事業が早く復旧すれば売上減少のダメージは比較的少なくて済む
・だから△△事業がわが社の中核事業である
これでよろしいでしょうか。BCPでは、限られた経営資源を有効活用しなければなりません。だからこそ中核事業の概念があるのです。中核事業は何も売上構成に傾注することはないのです。下の図は、中核事業を影響度で判断する一例です。組織のしっかりとした会社であれば、ビジネスインパクト分析を行い経営資源毎に詳細に分析することができますが、中小企業においての取っ掛かりとしては、下図による中核事業の選定を勧めます。各判断要因を5点満点で判定し、評価点計から最終判断するのが一般的です。

④    ボトルネックが分析されているか


ボトルネックとは、③で選定した中核事業の復旧を阻む要素のことを言います。例えば、システム会社が中核事業のシステム開発業務を復旧させようとしても、技術者が居なければ復旧できません。ボトルネックは技術者です。そのように事業のラインを洗い直すと、様々な脆弱性が浮かび上がります。それらを事前に準備して対応するか、または代替策を講じて対応します。前者の例として、停電時の自家発電用の燃料確保、後者の例として、運搬用自社トラックの不稼働では、販売先から商品を取りに来てもらうことが考えられます。

⑤   BCPを周知させ、訓練され、見直されているか


BCPは出来たら終わりではありません。BCPはいざという時のためいつでも使える状態でなければなりません。策定担当者の「労作」を経営者に十二分に理解させ、会社の幹部・社員に研修するのはもちろんのこととして、策定担当者が合わせてチェックリストを作成して提供しましょう。出来上がったBCPの間違い探しや、ボトルネックの対応で新たなアイデアを募集することは、社員が自発的にBCPを維持、発展させていく上で重要なことなのです。また、災害・事故・事件が発生した場合の各自の役割を認識してもらう上で、以下の訓練を勧めます。
・社員各自がチェックリストに基づく自主訓練
・各事業で役割分担を確認する机上訓練
・会社の幹部による対策本部設置訓練
・緊急連絡網、緊急連絡応答の訓練
・安否確認訓練
・データのバックアップ、復元の訓練
このような訓練がBCPの実効性を高め、また、漏れや抜けを見つけ出すことができます。人事異動や事業ラインの変更が発生しますと、BCPを見直さなければなりません。BCPは常に使える状態にしなければならないのです。

~BCPは分厚ければそれでいいのか~


せっかく策定したBCPが膨大なページ数となってしまっては、読む方としても読む気になれない気持ちになりましょう。少なくとも部門や部課毎に分冊すべきです。普段は使わない資料なので、手に取るところに置かれることはなく、書類キャビネット行きになるのは必定です。さて、いざという時それを持ち出せますか?BCPは、平常時は訓練や見直しで使われますが、使われない時間が圧倒的に長いのです。しかしながら、いざという時は最も優先度の高い資料になるのです。
BCPが発動されましたら、BCPに則ったチェックリストを活用しましょう。これは、少なくとも部課毎に用意される必要があります。つまり、チェックリストが使えるまでに各自の役割を読んで理解しておき、記憶があいまいな部分だけ読み返す、といった訓練が必要なのです。従って、社員各自がチェックリストを使えない状況は、BCPの運用として十分な体制とはなっていないと考えるべきです。また、紙ベースのBCP「正本」の他に、電子データ化されてネット上の書類保管サービスで保管される「副本」の作成を勧めます。いざという時もスマートフォンで確認できますので、新しい活用方法と考えて下さい。

~結び:「想定外」を想定外に~


 中小企業のBCP策定率は、まだ3割だと言われています。残る7割は、まえがきに述べました、「いつでも作れる」宣言の会社と「そもそもBCPって何?」の会社でしょう。この誌面をお読みの読者の属する会社がBCPの策定はまだであれば、少なくとも前者の「いつでも作れる」宣言の会社であってほしいと思います。遅くはありません、策定への一歩を踏み出してほしいものです。
せっかく作ったBCP、そのBCPを維持していくためには、会社の経営資源をBCPの運用に費やすという発想が必要です。そのような経営資源の投入が継続して行われなければ、せっかく策定したBCPが、徐々に有効性を失ってしまいます。
特に重要なポイントして挙げた、②直面する災害・事故・事件リスクは十分に吟味されていないのは「想定外」です。③④中核事業の選定ならびにボトルネック分析は、その後の会社を大きく左右します。その選定/分析を誤ることは「想定外」です。⑤BCPが策定されたまま放ったらかされているのは「想定外」です。
さて、繰り返しになりますが、BCPは平常時には発動しません。いざ発動する時がいきなり「本番」なのです。その時、①BCPを理解している経営者は、冷静さを保ち、BCPを発動して下さい。幹部や社員が動揺していれば、落ち着かせて下さい。しかしながら、経営者が自ら動揺し、BCPに書かれる責務を果たさないことが最も「想定外」なのです。
 
(終わり)



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