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『近畿地方のある場所について』の話 1

私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。
本編を知らなくてもお読みいただけます。
※Xより転載


 10年以上前の話です。
 物好きな友達から「台風の後の荒れたダムをみたいからついてきてくれ」と誘われました。同じく物好きな私は友達から誘われたそのダムが自殺の名所ということを知っていたので、二つ返事で了承して、レンタカーを借りて二人で向かいました。
 そのダムは私の住んでいる都道府県のはずれの、山に囲まれた地域にありました。 前日に去ったばかりの台風の影響で水流がかなり激しく、轟音を立てて茶色の水がダムから放流されている光景は見ごたえがありました。当然、そんな日に人里離れたダムに来ている人間もおらず、ダムに併設された駐車場には私たちの車しかありませんでした。 私と友達は人気のないダムの写真を撮ったりしながらひとしきりはしゃいだ後、「せっかくだからダムの周りをちょっと歩いてみよう」という話になりました。
 30分ぐらいぶらぶらとダムの周りを歩きました。 ダムの片側には県道が走っていて、その県道の脇に設けられた歩道を歩いていました。 県道の山側にはいくつか家がありましたが、全て廃墟でした。 いかにも見捨てられた場所という不気味な雰囲気がなんとも楽しく、2人で写真を撮り続けていました。しばらく歩いて、廃墟もあまり見かけなくなったとき、同じく県道の山側に大きな古い鳥居が立っているのを見つけました。 鳥居からは山を登る階段が伸びていて、かなり上の方まで続いていました。 そんなものを見つけて廃墟好きかつホラー好きの私が見過ごすわけもなく、2人で階段を登っていきました。
 林の中に設けられた階段は石で組まれたもので、両側には一定間隔で石灯籠も立っており、大きめな神社ということが予想できました。 かなり長い階段だったので友達は途中で「疲れたからもうおりたい」と文句を言い出したのですが、私が断固として譲らなかったので、ほとんど無理やりのぼり続けました。
 山の中腹なのか、頂上なのか、階段の最後の段にはまた大きな古い鳥居があり、そこをくぐると予想したよりも大きな敷地に出ました。 それは、廃墟と言えば廃墟、たまに管理されていると言えばそう見えないこともない、半分廃墟みたいな神社でした。 大きい建物は恐らく本殿で、扉は閉じられていました。社務所のような建物もありましたが、ガラスがほこりで曇っていたので、使われていなさそうな雰囲気でした。ほかには神楽舞台のような、正方形の舞台もありました。でも、その舞台にも落ち葉が積もっていました。 予想を超える広さに私と友達は興味津々で見て回りました。敷地の奥の方にある副祭神を祀っている祠の辺りを見ていたとき、友達が「なにあの人?」と小声で私に言いながら、私たちがくぐってきた鳥居の方を指さしました。

 鳥居の下に男の人が立っていました。

 普通の恰好をした人でした。シャツにジーンズの服装だったと思います。40代ぐらいに見えました。鳥居からはこちら側は見えていないようで、男の人は私たちに気づいていませんでした。
 今思うと別に堂々としていればよかったと思うのですが、特に示し合わせたわけでもないのに、私と友達はその場から動かずに様子を見ていました。
その時の私たちは、その男の人が怖いというより、こんな場所ではしゃいでいた後ろめたさがあり、出ていきにくかったのだと思います。 多分、3分ぐらいだったと思います。出るタイミングを逃した私たちは男の人をじっと見ていたのですが、その男の人は全く動きませんでした。

 鳥居の下でずっと、気をつけのポーズで立っていました。

 普通、神社にお参りに来たのであれば、本殿のほうにきて参拝すると思うのですが、ずっと鳥居の下で微動だにせず気をつけをしていました。 さすがに怖くなった私たちが、小声で「どうする?」と話していたとき、急にその男の人が動きました。

 鳥居の下で、神社の敷地に向かって90度に深くお辞儀をしました。それを何度も何度も繰り返しました。
 敬意をこめたお辞儀というより、機械のような、操り人形のような、素早いかくかくとした動きでした。軍隊の行進で見るようなきびきびかくかくした動きです。

 それを1分くらい続けたあと、また急に回れ右をして階段をおりて行ってしまいました。
 やっていることはそこまで常識外れではないものですが、その所作が尋常ではない雰囲気で、私と友達はとても怖くなりました。
 10分ほど隠れた後、2人で恐る恐る階段の方に向かい、その男の人がもういないことを確認したあと、階段をおりて国道へ戻りました。 帰りの車ではそのことについてずっと話し合っていました。私も友達もあの人の異様な動きはもちろんですが、あの人が神社までどうやって来たのか気になっていました。一般駐車場には車はありませんでしたし、周囲には廃墟しかなかったので。 頑張れば歩いて来れないこともない距離ですが、どう考えても不自然でした。

 そういう話を、何年か後に、取材でたまたま話す機会のあった大阪にある大きな神社の神主さんに話しました。神主さんは「ああ多分それ自殺しにきたんやわ」と言いました。 自殺するつもりの人が、その前に神社にお参りしに来るのは珍しいことではないというのです。 それを聞いて、納得した部分もあるのですが、今思い返してもあの動きは、普通ではない気がしています。
 自殺する人があんな素早くカクカクした動きで何度もお辞儀するのでしょうか。 もし、その人が自分の意志で自殺をするのではなくて、自殺を「させられ」ていたとしたら恐ろしいなと思いました。


※この話はツイキャスで怪談配信をされている禍話さまにお送りしたものを掲載しています。お二人の語りにより、文章で読むよりももっと怖い話になっています。アーカイブ配信もされていますので、ぜひお聴きください。


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