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『近畿地方のある場所について』の話 6

私が『近畿地方のある場所について』を書くに至った裏話的なものです。
本編を知らなくてもお読みいただけます。


 友人の小沢くんから聞いた話です。
 小沢くんの伯父さん夫婦は、多摩にある古い団地の一階に住んでいたそうです。伯父さんの言葉を借りると、二人が住んでいたのは「色々ガタが来ている部屋」でした。
 部屋のドアが勝手に開いたりするのは日常茶飯事で、棚から勝手にものが落ちるようなこともあるようでした。当時、その話を聞いた小沢くんが「物が落ちるのは部屋の古さとは関係ないじゃん」と言うと、伯父さんは「多分部屋が揺れてんだよ。配管とかのせいで」と、迷惑そうな顔で話していたそうです。
 小沢くんが高校生のとき、伯父さんに大きな病気が見つかりました。それと同じタイミングで、伯父さんの奥さん、つまり義理の伯母さんも足の骨を折る怪我をしてしまいました。
 松葉杖をつきながら、距離の離れた大学病院まで毎日通う伯母さんの生活を心配して、一時的に家事の手伝いをする目的で伯母さんの妹がその部屋に泊まり込みにくることになりました。
 伯母さんの妹は、いわゆる「見える人」だったそうです。
「この部屋にはよくないものがいる」
 そう言って、予定していた日数よりかなり早く部屋から引き上げて、地元に帰ってしまったといいます。
 身体が弱っていると、心も弱るものです。伯母さんは心配になってしまいました。ただ、見舞いにいった病室で伯父さんにそのことを話しても、全く取り合ってくれません。むしろ、変なことを言うなと怒られてしまったといいます。
 相変わらず、部屋では毎日のように電気が勝手に消えたり、バタバタと物音がします。夫のいない部屋でひとり、それを目にするなかで、伯母さんは今まで何年も建付けの悪さだと思っていた現象に疑いを持ちはじめていました。
 伯母さんは慣れないPCを使って、なんとか「お祓いをしてくれる人」を見つけ出しました。もちろん伯父さんには内緒で。その人は出張占いを専門としている若い女性で、要望があればお祓いもしてくれるとのことでした。
 女性は思ったよりも朗らかで、親しみやすい人物だったそうです。居間でお茶を出して、伯母さんは女性に心配を打ち明けました。黙ってうなずきながら話を聞き終えた女性は、立ち上がると、伯母さんを連れて部屋のトイレに向かいました。閉じたドアの前に立って、女性は言いました。

「このドアの向こうに、女の人がいます。女の人はとても怒っています」

 戸惑う伯母さんに女性は続けます。

「でも、ここで女の人が怒っていることに、あなたたちは長い間気づかなかった。だから、女性はあなたたちを不幸にしようとしているのかもしれません」

 伯母さんには理解が追いつきませんでした。「どうして?」という質問をやっとのことで絞り出すと、女性は答えたそうです。

「わかりません。なにに怒っているのかも、どうしてここにいるのかもわかりません。そもそも相手は人間じゃありませんから。理由がわかることなんてないですよ」

 居間に戻った二人は、これからの解決方法を話しあいました。
 女性によると、その女の霊は、ずっと昔からいるそうです。ずっとあの場所で怒り続けていた。だからなのか、今さら伯母さんが霊に気づいたからといって、怒りを鎮めたわけではない。一度お祓いをするぐらいでは、染みついた霊は消えない。だから、毎日毎日お祓いをする必要がある。そんな内容のことを女性は話しました。
 途方に暮れる伯母さんに女性は言ったそうです。
「お祓いといっても特別なことをする必要はありません。生花をトイレに飾ってください」
 女性の説明では、毎日生花をトイレにお供えすれば、霊を天に還すことができるのだそうです。お供えによって、少しずつ、少しずつ、天に昇っていく。だから、完全に天に還すためには、十年単位の年月が必要とのことでした。
 伯母さんは女性に聞きました。
「毎日って、本当に毎日ですか? もし忘れたり、家を空けててお花を供えられなかったらどうなります?」
 女性は少し残念そうに言いました。
「はい。毎日です。一日も休まず。これから十年以上の間、一日でもお花のお供えを忘れると、霊はこちらの世界に降りてきてしまいます。降りるときは少しずつではありません。一気に降りてきてしまいます」



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