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母との関係から見えてくる自分〜その後、体験していること

多くの時間を費やし、自分と母親との関係について考えてきて、母娘についての本を読んだりもして、それらから得た気づきは大きかった。
今までぼんやりしていたことも、こういうこと、とはっきりと理解したりもした。
そしてたくさん腑に落ちた。


結局私は、母との関係を通してものすごく、半端なく自分自身と向き合い、その結果、自己理解を深めることができたのだなぁと思う。
未だかつて無いくらい私自身を大切に扱ったと、無意識の部分も感じ取っている気がする。
その分、心が楽になったから。

おそらく小学校入学以降初めてなくらい、他者目線ではなく、〝私の目線〟で私を見て感じ考え、そして、同じく初めて母と自分の関係を、ちゃんと見て感じて考えたと思う。
誰がどう思うかではなく、〝私〟が何を感じ、どう思うかでだ。

そうしたら、私に貼り付いていたたくさんのラベルが剥がれ落ちた。

それは母に限らず、過去、特に子供の頃に他者が私に言った言葉や、繰り返し言われたことや、感じ取ったこと。そういうものを受け取って、知らぬ間に自分に貼り付けていたものだ。
それらが私のセルフイメージを作っていたと思う。

子供は自分のことを〝私は〇〇な人間〟なんて思いながら生まれてはこない。
誰かに言われたことで、〝私は〇〇なんだな〟と認識すると思う。
肯定的なこともそうでないこともだ。

「かわいいね」と言われれば、
自分はかわいいんだなと思い、

「自由な子だね」と言われれば、
そうか、自分は自由なんだなーと思う。

「絵が上手だね」と言われれば、
絵が上手いんだなって。

少なくとも私には、外の言葉、外の評価から出来上がったと思われる〝自分のイメージ=自分〟がずっとあった。

でも今回、ハッとした瞬間があり、
「もしかしてそうじゃないんじゃない? 」
という、自分自身への気づきが幾つか起こり、そこから、これも私じゃあないと思う、あれも違う? と認識するごとに、自分で自分に貼り付けていたラベルがポロポロと剥がれ落ちたような気がする。

剥がれ落ちたら素に近い自分が姿を現すのかもしれない。

感情が解放され、思考が整理され、ラベルが剥がれ、私の中はだいぶ静かになった。

自信満々でもなく、でも自己への不確かさはない。
自分の内側に、ただ静けさが在るだけなのだが、その静けさが全体を包み、軸になっている。
そういう感覚がある。

実は最終的にその静けさの感覚に私を繋げたものがある。
それは、母に対する感謝の思いからの、その感情と感覚だった。

産んでくれてありがとう
育ててくれてありがとう
というのは勿論なのだけれど、
今回はそれではなく、

私の母という人、その人がその場所にいる
ということへの感謝だった。

お母さん、いてくれてありがとう。
とも違う。

何をするしないではなく、ただあの人の存在が存在としていること…
ピッタリの表現が思いつかなくてもどかしい。

ああ、そうかと思った時、私が何かに気づいた時、なんとも言えない感情が滲み出てきて、私の中に広がり、そしてゆっくり静かに通過した。

本当になんとも言い難い感覚だった。

そしてしばらくしてから、内側にある静寂に気がついた。

その通過し、感じた感覚が静寂へ繋がっていたような、そんな気がする。

ずーっとずーっと求め続けていたのが
〝海の底〟の心境だったのだけれど、
もしかしたら、いまのこの感じなのかな。
とふと思った。

嵐で海面が荒れ狂おうと、水が濁ろうと、表面で何が起こっていても、海の底は静寂で何も動かない。

その境地になりたいんだよーっ
と言い続けて思い続けて十数年。

そこに辿り着いたのかどうかはわからないが、これまでとは異なる、そこそこ長い人生を生きてきて感じたことのない状態の経験だった。

相変わらず食事の支度はしたくないし、息子の生活習慣を見るとモヤモヤするし、朝寝坊する自分にガッカリする。
感情がヒクリと反応し、何かを伝えてくることもある。
私という人間は以前と何ら変わらない。

けれども私の深いところは、そんな時でも静かだ。

これからも感情は揺れ、思考も活動を続けるだろう。

ただ、いま感じている深いところにある静寂。
その存在とそれを感じる体の感覚は、知らなかった時に戻ることはないと思う。

私自身の平和を守る為に戦い足掻いてきたけれど、やはりそれは外にあるものではなかった。
何かに侵されることも、失うこともない。
〝平和〟と感じるエネルギーそのものが自分自身で、しかもその自分は形ではなく〝状態〟みたいなもので、そこから何を削ぐことも、離すことも出来ない。

自分自身を理解したことがきっかけで、ひとつ完了した。完全に自己完了。

その人の世界は全てその人の中にある。
ふとそんな風に思った。

お読みいただき、ありがとうございます。

今日も幸せな一日でありますように。






 



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