明日の予定 (短編小説)

暑苦しい夏の真夜中に、布団の上に寝っ転がって、天井を見つめていると、一匹二匹、蛍光灯に羽虫が群がっていて腹が立ったから、布団から起き上がって、部屋の隅からピアノ椅子を引きずってきて、その上に乗って、天井と蛍光灯に手を伸ばして、羽虫をプチプチ潰し始めた。天井と蛍光灯の蓋に羽虫が黒く潰れた。羽虫は、しかし、まだいた、三匹四匹、さらに潰した、五匹六匹、さらに潰した、さらに潰した、潰した…一通り潰し終わると、羽虫たちは、べったりと天井に貼り付いてひしゃげていた。染みにならないように、指で何度か擦ってから床に落としてやった。ハラハラと羽虫たちが地面に落下した。
ピアノ椅子から降りて、ピアノ椅子を部屋の隅に引きずって戻して、布団の中に潜って、天井をもう一度見つめた。虫のいない天井のおかげで、やっと苛つく必要も不安になる必要もないのだと思おうとしたが、いくら理屈で納得しようとしても、それでも、苛ついたし、不安だった。苛つきと不安の上に理屈が張り付いてひしゃげているだけだった。「理屈の染み、理屈の染み、虫を殺したから大丈夫、虫を殺したから大丈夫…」と呪文のように頭の中で唱え続けた。しかし、だんだん頭の中で唱えていた言葉(というか呪文)が曖昧になってきて、何が大丈夫なのかもわからなくなってきて、頭はほとんど働かず、不安の想いだけが、心臓で濁流となっていた。
その濁流に飲み込まれていると、天国からにゅっと巨大な指が降りてきて、私のことを、プチプチ潰した。そして、私の潰れたものが、染みにならないように、その指は、私の潰れたものを何度も何度も、しつこく、指の腹でしごいた。私はぺちゃんこになった。ぐちゃぐちゃにひしゃげた。私の隣には、私がぺちゃんこにした羽虫の死骸が転がっていた。その羽虫は、私に潰されて紙のように薄くなっていた。私も、天国からふってきた変な指に潰されて、紙のように薄くなっていた。しかし、潰されて平面になった私でも、痛みだけは、立体的だった。痛みが私の全身を覆っていた。余りにも痛くて、そこで目が覚めた。
私は潰れていなかったが、立体の痛みだけは、私の腹部に残り続けていた。「ああ、明日は内視鏡とMRIか。」と明日の予定を思い出した。

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