友人 (短編小説)

友人がキリストに身を投げ出した。その話を友人は話した。
「裸になってイエス様に従おうと思ったんだ。心の底からイエス様に従おうと思ったんだ」と彼は言った。言葉は少なかったが目が爛々としていた。
彼の顔は火傷でずるずるになっていた。
「しかしよくあの火事で生き残ったね」と俺は言った。
「イエス様のおかげだよ。俺はもう一度命をもらったんだ」と彼は本心から言っているようだった。
俺は虫歯の痛みを感じたが、彼の火傷でずるずるになった皮膚を見ていると、歯痛くらいで心を悩ましているのが馬鹿らしく思えた。彼の顔は、皮膚がつっぱって表情というものを作ることも出来なくなっていたが、その目には常に魂からの精気が満ちていた。
「ところで。君から借りた本。空海さんの本だけど」
「ああ読んだのかい?」
「うん読んだ」
「どうだった?」
「仏教の本だけど、聖書に通じるものがあるねえ」と彼は言った。
「どこがだね?」と俺は尋ねた。
「ふむ。慈父という言葉が出てくるのだ。それは仏さんのことだと訳されていたが、俺にはイエス様に思えてならないのだ」と彼は言った。
「ふむ」
「とにかく面白く読ましてもらったよ。ありがとう。おかげで入院生活もなかなか良かった。看護婦さんも可愛かったしね」彼は戯けた。
「もう退院かね?」
「ああ。退院した後は、身体がこんなんだろう。アパートも全焼しちまったし。だから、実家に戻ることになってね」アパートの隣人の寝煙草が火事の原因だった。友人は勉強していたそうだが、家事になったとき、すぐに自分だけ逃げれば助かったものを、同じアパートの住人を救おうとして火の中に飛び込んで大火傷を負った。幸いにも彼が助けた住人は軽傷で済んだ。彼はそれを何より喜んでいた。
「実家に帰るのか。そっか」俺は少し寂しい気分で言った。
「本当に親というのはありがたいもんだ」
「ああそうだな。ちなみに復学はどうなるんだい?」
「まだ休学するねえ」
「君は勉強ができるのに残念だねえ」
「まあ勉強は好きだな」
「うん…」俺はしんみりして言った。
「なに、こんなときにイエス様を愛するのが、一番の勉強だよ」と彼は皮膚をひきつらせて頑張って笑顔を作った。俺は親友がずいぶん悲惨な目に遭って落ち込んでいたが、まさか反対に俺が霊的に励まされたようだった。
「お前は立派だな」と俺は言った。「俺は仏教徒だけど。お前の信仰の姿勢は、全宗教に通じるよ。俺もお釈迦さまをそんなふうに愛したいなあ」
「空海さんもね慈父と言っているんだ。きっとさ同じ神様を信仰してるんじゃないかと思ったよ」と彼は冗談めかして笑った。
そして彼は退院して実家に戻った。
三ヶ月後に彼の実家から手紙が届いた。手紙は、彼ではなく、彼の母親が書いていた。彼の母親は「将暉(彼の名前)は、火傷から感染症になって亡くなりました。生前は博人くん(俺の名前)にずいぶん励まされたようです。一週間に二、三回はお見舞いに来てくれたそうですね。将暉はずっと博人くんのこと『ありがたい。ありがたい』と言ってました。私たち両親も博人くんに感謝しています。ありがとう」という様なことが書かれていた。
俺はそれを読んで大泣きした。そして彼の代わりにイエス様に祈った。どうか彼の御霊をよろしくお願いしますと、キリスト教のことはさっぱりわからなかったが、精一杯イエス様に祈った。友達が俺の心の中で囁いた「きっとさ同じ神様を信仰してるんじゃないかと思ったよ」。俺はハッとして空を仰いだ。空には雲が大きな十字架を作っていた。その十字の切れ間から太陽の光が全世界に降ってきた。俺は泣きながら
「そうだな。お前も俺も同じ神様を信仰してたのかもなあ」と言って泣きながら笑った。
俺はなんとなく次の日教会を訪れてちょうど日曜礼拝だったようで、キリスト教徒の方々と一緒に讃美歌を歌った。

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