沈丁花 (超超超短編小説)

沈丁花の花を見たいと思った。

妻に言った。「沈丁花の花ってどうすれば見れるの?」
妻はソファのうえにべっそり寝そべっていたが、ぐんにゃりと首をあげて、疲れた顔を僕に向けた。やさしい寝起きの顔だった。
じっと僕の目を見つめたまま彼女は
「さあ」と言った。「あたし眠いの。ごめんね」
「うん」
「なんか最近だるいんだよね」そう言ってソファの奥にちぢこまった。彼女の気だるさは猫のようで、奥へとちぢこまる動作は、さながらもぐらのようだった。妻は、不活発な小動物だった。僕は妻の頭をわしゃわしゃと撫でて「花屋に行ってくる」と言った。
「あ、ヨーグルト。ヨーグルト食べたい。ついでに買ってきて」と妻が言った。
「オッケー。…ところでさ、花屋にさ沈丁花って売ってるよね?」
「さあ」
「売ってなかったらホームセンターにも行ってくるわ。とりあえず留守番よろしくね」そう言って僕はもう一度妻の頭をわしゃわしゃと撫でた。すると妻は、ゔゔゔゔと喉を鳴らした。

家のなかにはゴムの木と金のなる木とサボテンが、観葉植物として、置いてあった。百均で苗を買ったゴムの木は、買った当初、人差し指程度の大きさだったのに、今では妻の身長と同じくらいの高さになっている。金のなる木も、ちびすけで華奢だったのに、どんどん大きくなって、今では幹が妻の手首の太さくらいに成長していた。サボテンは、家に招いてから日が浅いので、そんなに成長していなかったが、これから大きくなるだろう。

玄関まえに置かれたゴムの木の、大きな葉っぱの一枚一枚を、やさしく撫でてから、ぎゅむぎゅむと革靴に足をつめた。何ごともない世界には沈丁花の花が絶対に必要だった。なんとしても手に入れて家に迎え入れなければならない。
なにかに駆り立てられるように沈丁花をもとめて僕は近所の花屋へと向かった。

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