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西園寺顕人様は、今日も尊い。

…麗しの加賀棒ほうじ茶を、手に入れた。
何が麗しかを、問うてみるがいい。
まず、茶葉が違う。
茎のみを使って作られるのが棒茶のゆえんだが、茶葉は通常茎のみを仕入れることはできない。
それゆえ複数の茶商と取引し、多くの茶葉を仕入れるのだという。全ては、上質な茎茶のために。
たかがほうじ茶、されどほうじ茶。
一般には低級と見られがちなほうじ茶のために、何故そこまでの情熱を注ぐのか。
それは、さる身分の高いお方がことにほうじ茶を好まれたからだという。
得意とする浅煎りの技術をもってさまざまに工夫をこらし、芳しい甘さが後を引く、淡麗な味わいのほうじ茶を創りあげ、そのお方に献上したのだ。
…その茶、是非とも手に入れたい。
そのとき俺は、強く思った。
なぜなら、我が主人のご子息たる西園寺顕人様にふさわしい飲み物は他にないのではないか。
そう感じたからだ。
顕人様は、少し喉が弱くていらっしゃる。そのような方には、咽せたり引っかかったりなさらぬよう喉越しの良い飲み物が良い。
そして、顕人様はまだ若年でおられる。
夕方以降はカフェインを多く含む飲み物は、眠りに差し支えるゆえ望ましくない。
しかし、温かい飲み物でくつろいでお休みいただきたい。
そんな要望に、ぴたりと即しているように思えたからだ。
ハーブティーだなんだと西洋渡来の茶もあるが、その種の知識は正直手持ちが少ないのだ。
ほうじ茶ならば、小さな子供から年配者まで時間帯を問わず口にしていただくことができる。
俺はさっそく、学舎からお帰りになった顕人様に一服淹れて差しあげた。
むろん、余分なことは何も言わずにである。
前もってあれこれ知識を伝えるなどしたら、俺の楽しみが減ってしまうではないか。…ではなく、顕人様にはまっさらの状態で味わっていただきたかったからだ。
はたして、顕人様は明るいところでは茶色がかって見える頭をさらりと傾けて、湯呑みを持ちあげた。
「うん。良い香りだな、阿藤」
「…は」
香りを楽しみ、ゆっくりと口に運ぶ。
俺は頭を低くして、顕人様のご様子を見守る。
「美味しい…」
顕人様の唇におだやかな微笑みが生まれ、春のように周囲をあたたかくする。
「爽やかでいて、まろやかだ。それでいてどこか青い香りもあり、甘さも含んでいる。これは旨い茶だね、阿藤。どこで見つけたのだ」
やさしく訊いてくださるその機会を、俺は待っていたのではない。
清らかでいて甘くッ、それでいて清楚かつ可憐ッ!
そのお言葉、すべて顕人様にお捧げ致します!
そうした心の声を圧し殺しつつ、首を垂れていたのだった。
「返事をしなさい、阿藤。お前は少々謙虚にすぎるところがある。当家が元華族だからと遠慮しているのだろうけれど、そんなことは忘れてよいのだ。いいね」
…尊い。
清らかな心根から滲み出す、優しいお言葉の数々に、俺は内心打ち震えていた。
西園寺顕人様は、今日も尊い。



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