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スタバのノマドワーカー男
今日はあまり頭が冴えず元気がない
このままじゃ一日が終わってしまう、と、読書のためにスタバに足を伸ばした。
ちなみに行こうか行かないか二時間くらいは悩んでた気がする。
スタバに着いて、昔友人がインスタに載せていた呪文のカスタムを店員さんにスクショで見せ、魔法のドリンクを作ってもらった。友人よ有難う、
自分では唱え方の知らない呪文である。
席は窓側。ソファにもたれこんで、本を広げる。
綾辻辻さんの『黒猫館の殺人』
有名な作家だが、初めて読む。恩田陸さんが好きと言っていたので、その触れ込みに吸い寄せられて古本市で手に取った。
すぐに鬱蒼とした阿寒の森の中を、私は歩いていた。
・・・
歩いているような気持ちに、少しだけ、なった。
しかし、ここはスタバである。
隣の席には、オンライン会議かなにかをしている男がいる。
髪を刈り込んで、前髪だけは異様に長く、いかにもIT系の風貌。パソコンのキーボードを打つ轟音は、まるで自分の仕事を周りに誇示するかのよう。
というのは私の偏見だけど、一音一音が大きい彼の挙動は「スタバで仕事しちゃう俺を見てくれ」という声として店内に放出される。
昔は私もそんな時期もあったなぁ。なんて。
私も、12月まで毎日カタカタと轟音でタイピングをしていた。都会のIT企業で、キラキラ働く私を見てくれ、女だった。もはや、懐かしさもなく、あのころの自分や周りの環境を、違う美学を持つ違う人種に感じて、不思議になる。
彼がチラリと私を一瞥した。
「なんだ、隣の女は昼間から読書か。しかも紙の本か。」
と言いたげな視線だった。そのまま、刈り込んでいるのにそこだけ伸ばしている前髪をかき上げて、仕事を再開する彼。
私はそのあと心の中で答えた。
「なんだ、ノマド走り出し男か。スタバで仕事する俺、を楽しむがいい。」
そんな彼を、眩しくは思わないで、懐かしいに似た感覚を得たことに、驚いた。私はもう、違う世界を、歩いてるのかもな。
そして私はまた本を広げ、阿寒の森を彷徨う。
(今この瞬間も、彼は大袈裟な咳払いをしながら、轟音でタイピングをしている。)
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