あの頃、僕らは同じ未来を

これから、僕らは それぞれの時間の中で
ふたり違う未来を探して行く
新しい景色に それぞれが選んだ明日が
映画のスクリーンのように映っている

まさか、こんな風にこの景色を見ることになるとは思っていなかった。
海風に巻き上げられる乾いた砂ぼこりにまみれたグランド。
たくさんの思い出が詰まった場所。
俺の母校
その景色を横目に見ながら、俺は一番、思いを残した場所に向かっていた。

“Lonely Planet”と書かれた看板を見て、深く深呼吸をする。
このカフェと呼ぶにはあまりにも昭和っぽい雰囲気を醸し出す場所が俺たちがいつも入り浸っていた場所だった。
そう、みちると俺はいつもここでぼんやりと時間を過ごしていた。

                 ★ 

「ねぇ、海(カイ)くん、聞いてる?」とみちるは俺の顔を覗き込んだ。
彼女を前にしながらも、俺はアンダーカテゴリの代表に選ばれたことで頭がいっぱいだった。
そして、それは彼女が楽しみにしていた旅行に行けないことを意味する。

「どうしよう、どこがいいかな?」と旅行のパンフレットをたくさん並べる彼女にそのことを伝えるのがちょっとしんどかった。

サッカーしかしてこなかった。
そんな俺を見つけて、ずっと応援してきてくれたみちる。
笑ったり、泣いたり、コロコロと表情が変わるのを見てるのも楽しかった。
でも、俺にとってはみちるよりもサッカーだった。

だから、いつも、ここでぼんやりと話すのがふたりで過ごす時間だった。
結局、みちるが行きたがっていた旅行には一度も行けずじまいだった。

みちるが就活を始めた頃から、二人の距離が開いて、俺はどんどんとサッカーにのめり込んでいた。
その頃、俺はJリーガーになる夢を叶えられると信じていた。
必死でボールを追いかけた。

なんとかJリーグのチームに入って、気づいたことは、俺よりも才能のある奴もたくさんいるということ。
サッカーで生きて行くのは簡単なことじゃないということ。
3年経った頃には、慢性的な怪我と、自分の未来が見えなくなって、その道を諦めた。

夢が叶えられなくても、人生は続く。
どうやって生きていくかという決断をしなければならなかった。

せめて好きなものに携わりたくてコーヒー豆を扱う小さな商社を選んだのはこの店で飲んだマスターが入れてくれるコーヒーが忘れられなかったからだろうと思う。

俺は静かにドアを開けた。
カウンターの中に立っていたマスターは顔をあげ、俺の顔を見て、驚いた顔をしながらも、優しい笑顔で迎え入れてくれた。

「海くんか、そうか、あの海くんか」
「ご無沙汰してます。お元気そうですね?」

マスターと昔話をしながら、彼がコーヒーを淹れてくれるのをじっと待った。
一杯づつ機械を使わず淹れてくれるのを見ながら待っている時間が好きだった。
徐々に深くなる香りに包まる気がして。

「まさか、マスターがうちの豆を選んでくれるなんて、偶然ですね」
「そうだな、海くんが来るとは思っていなかったよ。でも、会えて嬉しいよ」

この店はあの頃と何も変わっていなかった。
ただ俺は違う道を歩き始めただけで。
でも、その道はここにつながっていた。
そんな不思議なこともあるのだな、と。

マスターが淹れてくれたコーヒーを飲みきってから、席を立った。

「いくつかサンプルを置いて行きますね。気に入ったのがあれば、教えてください。それにマスターの店なら俺も頑張りますよ、値引き交渉」
「ありがたいね。相変わらずぼちぼちやってるからさ」
「変わりませんね、ここは」
「そういう店を目指してたからね」
「今日、お会いできて、よかったです。また来ますね」
「楽しみにしてるよ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

と俺は店を後にした。
店からちょっと離れたところに停めてあった車に乗って事務所に帰ろうとしていた。
バックミラーには小さな子供の手を引いた女性が店に入って行く姿が見えた。

まさか、みちる?と一瞬、頭をよぎる。
そんなことがあるわけないとその妄想を打ち消した。
もし、もう一度、会えるなら、伝えたかったこともあったけれど。

俺の未来を信じてくれてありがとうと。
夢を応援してくれてありがとうと。
どんな時も味方でいてくれる人が身近にいることで救われていたと気づいたのはみちるを失ってからだったと。

もう、遅いけれど。

                  ★

「マスター!ランチ食べに来ちゃった」
「あ、みちるちゃん、今、、、」

今、海くんがちょうど来てたよ、と言いかけてその言葉を飲み込んだ。
彼女と彼はもう違う道を歩いている。
それを知っているからこそ何も伝えない方がいいのかもしれないと思えて。

「私はいつもの、空(ソラ)にはナポリタンで」
「マスター、ナポリタン!ナポリタン!」

と可愛らしい声で大好きなナポリタンを連呼するのはみちるちゃんの息子の空くん。
彼女は海くんと別れて、大学を卒業してから地元で就職した。
そして、今の旦那さんと出会い、空くんと新しい人生を生きている。
同じ夢を見ていたふたりは違う道を歩いている。

僕はその物語を静かに見守っていた。

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